KNPC103, 104 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)

かぶきねこづくし

描かれている人物

KNPC103:(左から)杉酒屋娘お三輪、烏帽子折求女、入鹿妹橘姫
KNPC104:
赤枠(左から)豆腐買おむら、蘇我入鹿、漁師鱶七実は金輪五郎今国
下:お三輪

絵の解説

<道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)>
求女に猛烈アタックするお三輪、苛立ちを隠せない橘姫、困惑する求女

杉酒屋娘お三輪、烏帽子折求女、入鹿妹橘姫 (原画)

橘姫は赤姫。
求女は”露芝(つゆしば)”と呼ばれる、やつしの衣装です。
「金閣寺」の直信、「矢口渡」の義峰など、何らかの目的のために巷間に下っている高貴な二枚目の衣装です。
美丈夫限定です。
黒縮緬(紫系統の場合もあり)で裾に金糸銀糸で露の玉と芝を図案化した模様が刺繍されています。
襦袢、裾除けは浅葱色です。
帯は大和錦で、カルタを二枚並べたような”割挟み(わりばさみ)”という結び方をします。

お三輪衣装、十六むさしの文様

十六むさし(原画)

萌葱色(もえぎいろ、草色ともいう)の地に十六むさしの文様の着付に黒繻子(くろしゅす)と鹿の子絞りの麻の葉文様を組み合わせた帯。
萌葱色は田舎娘を表す色で、「俊寛」の千鳥、「碁太平記白石噺」の信夫、「晒女」の近江のお兼などと同じ色です。
十六むさしは日本古来のボードゲームで、交差する直線が盤面を表しています。

<三笠山御殿(みかさやまごでん)>
御殿で官女たちにいじめられ、馬子唄を歌わされるお三輪。
主人公が苛められる ”責め場”。

原画

片肌脱ぎの段鹿子(だんかのこ)の衣装です。
段鹿子の正式名称は、段染(だんぞめ)の麻の葉鹿子文様です。

豆腐買おむらは登場時間は短いですが御馳走役です。

あらすじ

全五段・近松半二 作

主な登場人物と簡単な説明

・お三輪(おみわ)
三輪の里の酒屋の娘。隣に住む求女に恋をしている。

・烏帽子折求女 実は 藤原淡海(えぼしおりもとめ じつは ふじわらのたんかい)
藤原鎌足の嫡子。
三輪の里では烏帽子折・求女に身をやつしてお三輪の隣家に住んでいる。

・橘姫(たちばなひめ)
入鹿の妹。求女に思いを寄せ、町人のふりをして夜毎に求女の元へ通い詰める。
求女には正体を明かしていない。

・漁師鱶七 実は 金輪五郎今国(りょうしふかしち じつは かなわのごろういまくに)
入鹿御殿にやってきた漁師。正体は藤原鎌足の家臣。

・蘇我入鹿(そがのいるか)
蘇我蝦夷の嫡子。皇位を狙っている。
蝦夷が妻に鹿の生き血を飲ませて産ませた子なので、鹿笛の音を聞くと正気を失う。

あらすじ

全五段・近松半二 作
大序~序の切
天智天皇の代、蘇我入鹿が皇位を狙って叛乱を起こす。
(歌舞伎では上演されない)

二段目・芝六住家(しばろくすみか)
藤原鎌足の一子・淡海は盲目の天智天皇とともに三笠山の猟師芝六の元へ逃げる。
芝六は入鹿討伐に必要な爪黒(つまぐろ)の鹿の生き血を手に入れ、藤原鎌足に預ける。
入鹿の父蝦夷が隠した三種の神器のうちの鏡と神璽(しんじ=勾玉)が見つかり、帝の視力は回復する。
(めったに上演されない)

三段目・吉野川
吉野川を挟んでの大判事清澄父子と定高母子の悲劇。
KNPC125 吉野川(よしのがわ)別タブで開きます

四段目・杉酒屋
三輪山の里(現・奈良県桜井市)、七夕の日。
杉酒屋の娘・お三輪は、隣人の求女と恋仲だが、求女が毎晩美しい姫君を家に招き入れていることを知る。
お三輪は赤の苧環を求女に渡し、自分は白の苧環を持ち、変わらぬ恋を誓いあう。
そこへ姫君が戻ってきて、お三輪と口論になる。
姫君は立ち去り、それを追う求女。求女を追うお三輪。
(上演頻度は低い)

四段目・道行恋苧環
(通常、ここから上演されることが多い)
石上神社。
橘姫に追いついた求女は、正体を明かすよう頼むが橘姫は頑なに拒む。
そこへお三輪が追いつき、橘姫と言い合いになる。
夜明けを告げる鐘が鳴り、橘姫は立ち去ろうとする。
求女は橘姫の振袖に苧環の糸を縫い付け、追いかける。
お三輪も求女の着物の裾に糸をつけ、追いかける。

四段目・三笠山御殿
三笠山の入鹿の御殿。
前半は漁師の鱶七と入鹿のやりとり。

後半
橘姫と、姫を追いかける求女が御殿に辿り着く。
やがてお三輪も御殿にたどり着き、求女と橘姫が祝言をあげると知り、嫉妬に怒り狂って”疑着(ぎちゃく)の相”を見せる。
入鹿を滅ぼすためには、爪黒の鹿の生き血と、この相の女の生き血を横笛に注いで吹く必要があった。
お三輪の正体を見て、鱶七はお三輪を殺す。
鱶七はお三輪に仔細を話し、お三輪は求女の役に立てるなら本望だと語る。
最後にひと目会いたいと、切れた糸をたぐるお三輪。
求女との再会は叶わず、嘆きながら息を引き取る。
入鹿の軍兵が出てきて鱶七との立ち回り、鱶七の見得で幕。

その後の四段目と五段目
鹿笛のおかげで入鹿は鎌足によって倒される。(四段目・入鹿誅伐の段)
天智天皇は皇位に戻り、大団円。(五段目)
入鹿誅伐の段は文楽でたまに上演されます。
歌舞伎ではどちらも上演されません。

私のツボ

ぶっ飛び王朝物

王朝物(王代物)とは奈良・平安時代を題材とした演目で、大好きです。
”今(江戸)よりずっと昔の古い時代”という大まかな時代設定のもと、公家と江戸の町人が出てきて、江戸時代のセンスで物語が進む点が面白いです。
時代考証という足枷がないので、非常に自由でファンタジックな世界が生まれます。

中でも「三笠山御殿」は、振り幅が極端に広いです。
呪い(まじない)は、かたや疑着の相の女の生き血だの爪黒の鹿の生き血だのといった呪術、かたや紅白の苧環といったいじましい恋の願いごと。
皇位を狙う公家悪と、荒事風味の漁師の鱶七。
漁師に身をやつしているとはいえ、豆絞りの手拭いを首に巻き、藤原鎌足を「鎌どん」呼ばわりし、どうみても野趣溢れる田舎の漁師です。
悪役とヒーロー(一応、鱶七をそう設定します)の開きが大きい。
赤姫と武士と田舎娘のあり得ない恋の三角関係。
入鹿の御殿で、平安風の官女たちにいじめられて馬追歌を歌わせられるお三輪。

色々自由で楽しいです。
そもそも、この三笠山御殿での一件は、大化の改新前夜のことです。
初めて観た頃、まだ歌舞伎に慣れていなかったので、かなり混乱しました。
奈良時代なのに無茶苦茶だ辻褄が合わないと、頭がすんなりついて行けませんでした。
それがいつしか頭が柔らかくなり、この自由さが大好きになってしまいました。
公家悪はスケールが大きいので大好きです。

大好きな演目なので思い入れも描きどころもたくさんありますが、今回はお三輪に絞りました。

ただ求女にからかわれていただけのお三輪。
求女も悪意はなく、まだ子供だからと調子を合わせていたのだろうと思います。
それが深くお三輪を傷つけ、疑着の相をあらわにするまで心を追い詰めてしまう。
かわいそうなお三輪ちゃん。
そんなこともつゆ知らず、求女は橘姫と祝言を…なんという悲劇。
健気で可愛いお三輪に肩入れしてしまいますが、長くなるのでこの辺で。

官女たち

女形が演じる官女たちと、立役が演じる官女たちが登場します。
前者は入鹿の酒宴と橘姫の帰館(通称姫戻り)で登場し、他の演目でもよく見る腰元となんら変わりはありません。

後者は鱶七の接待と、お三輪いじめの時に登場します。
通称いじめの官女と呼ばれますが、これが恐ろしいです。
接待の場面では、鱶七に「水引の化け物」と言わしめますが、ここは愉快な怖さです。
お三輪をいじめる場面は、いわゆる責め場で、演出とはいえ執拗で観ていて辛くなります。
怪物のような官女たちと、痛ましいまでに健気な田舎娘。
江戸時代人による宮廷のカリカチュアなのでしょう。

それはさておき、
金造りの御殿に、
官女たち白の小袖に鮮やかな朱色の長袴と、お三輪の草色の着物のコントラストが美しいです。

「六歌仙」にも官女は出てきますが、所化と同じくらい好きな役どころです。
おそらくあの鮮やかな朱色の長袴が好きなのだろうと思います。

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