KNPC167 「絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)」〜左枝大学之助

かぶきねこづくし

描かれている人物

左枝大学之助

絵の解説

丸枠左:「多賀家水門口の場」
闇夜に紛れて登場する深編笠の男。
中間の権平を斬り捨て、ゆっくりと編笠を上げる大学之助。

左枝大学之助(原画)

同 右:「多賀家陣屋の場」
瀬左衛門の弥十郎に対して嘘をつき、馬鹿にしたように隠れて舌を出す大学之助。

左枝大学之助(原画)

背景:「合法庵室の場」
閻魔様の前に姿を現した大学之助。この後討ち取られる。

閻魔様と左枝大学之助(原画)

あらすじ

鶴屋南北作

主な登場人物と簡単な説明

・左枝大学之助(さえだだいがくのすけ)
多賀百万石の分家筋で、本家の乗っ取りを企んでいる悪党。
美しい女を見ては口説き、従わなければ殺すという残虐な性格。

・高橋瀬左衛門(たかはしせざえもん)
多賀家の家老。
大学之助に殺される。

・高橋弥十郎(たかはしやじゅうろう)
瀬左衛門の弟。兄の仇を討つため、妻・皐月と共に大学之助を追う。

・田代屋与兵衛(たしろやよへえ)
瀬左衛門の末弟。幼い時に田代屋の養子となり、今は田代屋の主人となっている。
同じく田代屋の養女・お亀と許嫁の仲。

・関口多九郎(せきぐちたくろう)
大学之助の家来。
大学之助の命令で多賀家の重宝・霊亀の香炉を盗み出すが、田代屋へ質入れしてしまう。

他にも大勢いますが、省略します。

あらすじ・簡易版

左枝大学之助と立場の太平次という二人の悪党と家宝をめぐる話。
お家乗っ取りを企む大学之助は家宝の香炉を奪う。
香炉は質屋に入れられ、香炉を取り戻そうとする大学之助と、かつての主人を助けようと香炉を狙う太平次。
その過程で、多くの人が大学之助と太平次に殺されるが、最終的に二人とも討ち取られる。

あらすじ・詳細版

序幕 多賀家水門口の場
多賀百万石の分家・左枝大学之助(さえだだいがくのすけ)は多賀家の重宝霊亀の香炉を家来に盗ませ、持って逃げさせる。

二幕目 鷹野の場、陣屋の場
そのことを高橋瀬左衛門(たかはしせざえもん)に悟られた大学之助は、瀬左衛門を槍で突いてだまし討ちにし、もう一つの重宝・菅家の一軸も騙し取る。

三幕目 多賀御殿の場、高橋居宅の場
瀬左衛門の弟・高橋弥十郎(たかはしやじゅうろう)は、兄の敵討に出るため出家、合法(がっぽう)と名を改め旅立つ。

四幕目 四条河原の場 / 五幕目 道具屋の場、妙覚寺裏手の場
大学之助の家来、多九郎が香炉を田代屋に質入れしてしまう。
田代屋の主人は、高橋瀬左衛門の弟・与兵衛(よへえ)。
香炉を取り戻そうと、太平次はお松と強請に行くが失敗、田代屋の後家・おりよを殺害して金品を奪う。
太平次は、用のなくなったお松を絞め殺して、妙覚寺裏手の古井戸の中に放り込む。

六幕目 倉狩峠の場
女房のお道と郷里に戻った太平次は、倉狩峠で立場(旅人の休憩所)を営んでいる。
そこへ瀬左衛門に仕えた縁で太平次を仇と狙う孫七夫婦が現れ、太平次に殺されてしまう。

大詰 合法庵室の場
香炉を持っている与兵衛は高橋弥十郎に匿われていたが、大学之助に香炉を奪い取られる。
瀬左衛門の弟で合法と名を変えた高橋弥十郎は、合邦が辻(がっぽうがつじ)の閻魔堂(えんまどう)の前で大学之助を襲い、弥十郎はみごと仇を討つ。

「本日はこれきり」と切り口上で幕。

*太平次の最期は、大学之助の替え玉として殺される場合と、「倉狩峠の場」で殺害した弥五郎の妹に殺される場合があります。
太平次は物語の最後で殺されますが、誰に殺されるかは一定ではないようです。
また、どこで殺されるかも(閻魔堂の前か、中か等)一定ではないようです。

私のツボ

時代物の悪

立場の太平次は、悪党ながらもどこか愛嬌がありますが、こちら大学之助は狂気を感じさせる悪人です。
己の欲望のため、すぐ人を殺し、息をするように嘘を吐く、青白いサイコパス。
金も権力もあって、一番タチの悪い悪人です。
その割に、最後はあまりにもあっさり討ち取られ、討ち取られたかと思ったら切り口上で幕。
さんざん大学之助への嫌悪感を募らせておきながらのあっさりした幕引は、非常に歌舞伎らしくて大好きです。

悪役への憎悪を募らせた後、因果応報以上の仕打ちを悪役が受けて観客の溜飲を下げる、という展開は個人的には好きではありません。
溜飲が下がるより、ねちっこい恨みの感情に胸焼けしてしまいます。
これは好みの問題なので、あしからず。
この演目くらい、あっさりと片付いてしまった方が好きです。
はい、次!みたいな感じで。

その大詰の真っ赤な閻魔様が描きたかったので、まず閻魔様の前での見得は最初から決定。
次に冷徹な大学之助は深編笠を持ち上げた時の表情。
この冷たく怪しげな佇まいは、大学之助の狂気を表していると思います。
一方、隠れて舌を出すお茶目な一面もあり、このお茶目さが実悪になれなかった大学之助の限界では無いかと思います。
女好きなのも災いしているかもしれません。

南北の皮肉あるいは人の世の常

家宝の香炉が質入れされるというのが南北らしいなーと思います。
そもそも大学之助が家来に盗ませたからですが、大学之助の立場を鑑みれば自分で手を下さないだろうなとは思います。
盗みが露見した場合、大学之助は家来に罪を被せて逃げられるよう、逃げ道を用意するのは当然です。
そこは大学之助が家来を信用してのことですが、末端の家来にとったら、目先の金の方が優先されます。
お家乗っ取りが成功したら莫大な褒美を約束されたのでしょうけれど、いつのことなのか分からない。
あるいは恐怖によって支配したのかもしれません。
野望よりも現実、忠義よりも生活。
恐怖も、その大元と離れて生活していればさほど恐ろしくはありません。
これが仕える身の家来の現実と限界であり、そこから綻びが広がっていく。
思い通りにいかないのが世の常で、多くの人が関われば、目的もやがて変わっていってしまう。
そして、思いもよらぬ事態を招く。
皆、ボスと同じテンションを保つことは難しい。
この辺の人間心理の描写が、とても南北らしく、『仁義なき戦い』シリーズに近いものを感じます。
多分、南北が現代に生きていたら素晴らしい映画監督になっていたであろうと思われてなりません。
興行的には全く成功しませんが、カルト的なファンがつくタイプの映画監督でしょう。

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