赤枠上:俊徳丸
同 下:(左からおとく、合邦)
右:玉手御前
絵の解説
戸口から中を伺う玉手御前
左から:浅香姫の話を聞く俊徳丸、怒る合邦と止めるおとく
あらすじ
主な登場人物と簡単な説明
・玉手御前(たまてごぜん)
通俊の後妻で、元は俊徳丸の実母の腰元だった。
俊徳丸に毒を盛って病気にし、家出するまで追い込む。
本名はお辻。
・俊徳丸(しゅんとくまる)
高安左衛門通俊の息子。
玉手御前に毒を盛られて癩病になってしまう。
玉手のしつこい求愛から逃れるため家出。
物乞いに身をやつしていたところ、浅香姫と再会。
二人で合邦の家に匿われている。
・合邦道心(がっぽうどうしん)
玉手の父。
現在は道心で、閻魔堂を建立しようと寄進を集めている。
元は鎌倉武士。
父は青砥左衛門藤綱(あおとざえもんふじつな)。
・奴入平(やっこいりへい)
浅香姫の家臣。
・浅香姫(あさかひめ)
俊徳丸の許嫁。俊徳丸と合邦の家に匿われている。
・おとく
玉手の母。
あらすじ
合邦の庵室では、回向が行われていた。
白木の位牌には「大入妙若大姉」と戒名が書かれている。
合邦は、道ならぬ恋に迷った娘は手討にされたと思いこみ、供養をしていた。
同行衆(回向に参加していた人々)が帰ると、合邦とおとくは娘の業を嘆き合う。
そこへ玉手御前が尋ねてくる。
おとくと合邦は、幽霊が訪ねてきたということにして玉手を家の中に入れる。
ことの真偽を問う母に、玉手は俊徳丸を恋焦がれているから夫婦になると言い切る。
怒る合邦。
おとくは玉手を説得するため奥の部屋へと連れていく。
入れ替わりで別室から俊徳丸が浅香姫に手を引かれて登場。
浅香姫が一緒にここから立ち去ろうと説得する。
そこへ玉手御前が走り出て、俊徳丸に縋りつく。
病になったのは、住吉社参の際に毒酒を飲ませたからだと告白。
容貌を崩して浅香姫に愛想を尽かさせ、俊徳丸を独占するためだったと語る。
驚いた浅香姫は怒りのあまり、玉手御前と揉み合いになる。
奴入平が出てきて止めようとし、玉手は入平と大立ち回り。
見かねた合邦が飛び出して玉手御前を刀で突く。
手負の玉手は息も絶え絶え真相を告白。
俊徳丸に危害を加えようと次郎丸が企んでいることを知り、
俊徳丸が家督を継がなければ次郎丸も罪を犯すことはないと考えた。
そのため俊徳丸に毒酒を盛って病にし、家督相続をできなくした。
俊徳丸への邪恋は、家から追い出すための演技だった。
俊徳丸を追いかけてきた理由は、
”寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻”に生まれた女の肝の臓の生き血を同じ盃で飲めば、
毒による病はたちどころに治るため、と語る。
庵室に来てからの態度も、逆上させて自分を斬らせるためだったという。
事実を知った一同は玉手に泣いて詫びる。
玉手は父にもっと鳩尾を切り裂いてほしいと頼むが、合邦はそれができない。
合邦に頼まれた奴入平も手を出せず、玉手は自ら腹を切り裂く。
俊徳丸に生き血を飲ませるとたちどころに病は癒え、目が開く。
それを見た玉手は満足そうに息絶える。
俊徳丸は義母の愛に感謝し、おとくを尼公として月江寺を開くことを決める。
合邦はこの家を閻魔堂とし、娘の往生を願うことにする。
幕
私のツボ
玉手御前の衣装
「合邦庵室」での玉手御前の衣装は私が知る限り3種類あります。
今回描いたものは音羽屋系です。
音羽屋系:濃い紫の着付。右袖を破って頭巾にする。
山城屋系:黒の紋付に黒い頭巾を被る。袖は破らない。
成駒屋系:音羽屋系と同じだが、右袖に剥がれた打綿が残る。
山城屋系は四世藤十郎の玉手で拝見しました。
全身黒なので顔の白さが強調され、妖しく美しい。
袖を破らず頭巾を用意している用意周到さがかえって怖い。
熱狂の先の突き抜けた冷静沈着。
成駒屋系は舞台で観たことはありませんが、
初めて「合邦庵室」の歌舞伎の舞台写真を見たのが六世歌右衛門の玉手御前。
袖に蜘蛛の巣のような白いモヤモヤがついていて、驚いたのを覚えています。
着物の打綿と知って、細かいなーとこれまた驚いたのですが、
この破れた綿が、俊徳丸に絡みつく蜘蛛の巣のようで、
さながら玉手御前の執念のよう。
衣装として美しくはないかもしれませんが、
ほつれた綿が生々しく、個人的には一番好きな衣装です。
亀治郎の会でみた四代目の玉手御前は綿がついていたように記憶しています。
「合邦庵室」の場では、懐刀を持つ玉手と海老反りする浅香姫も有名ですが、浅香姫は省略。
単独で絵にしにくかったのと、玉手が直接関わる人に絞った構図にしたかったので省略。
それぞれの思惑がバラバラなので、視点が交わらない構図にしました。
玉手御前の真意やいかに
「合邦庵室」でお約束の議論。
本当に俊徳丸を愛していたのかどうか。
考察や論評などを読むと、
無意識のうちにも含め”玉手は俊徳丸を愛していた”が優勢です。
私の意見は、愛していない。
玉手はファザコンだったのではと思っています。
全ては父・合邦のため。
鎌倉武士でしかも有名な藤綱の息子である合邦。
武士としてのプライドは高いであろうことは容易に推察できます。
だからこそ、娘のお辻を武家奉公に出したのであろうと思います。
腰元から正室へ立身出世。
武家の正室として確たる地位を築くには世継ぎを産むこと。
通俊は病気で高齢であるため、あまり現実的ではない。
となると、家の名前を守ること。
お家騒動で世間を賑わせば家名を汚す。
高安家のみならず、お辻の家にとっても不名誉なこと。
武家女房としての勤めを果たさなければならない。
というわけで、捨て身の計画に出たのだと私は思っております。
禁断の愛が云々は刺激的なテーマではありますが、
あまりにもそのまま過ぎて却って物足りないと感じてしまうのでした。
まだ若い玉手が、高齢の通俊の後妻になったのも、
父が喜ぶからという動機だったように思えてなりません。
それはそれで玉手が不憫で、
むしろ道ならぬ恋の方が自分の自由意思があるだけまだマシなような気もするのでした。
いずれにせよ悲劇であります。
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