KNPC144「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」より「熊谷陣屋(くまがいじんや)」

かぶきねこづくし

描かれている人物

熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)

絵の解説

〝送り三重〟という哀切な三味線の音にのって立ち去る熊谷。

熊谷直実(原画)

あらすじ

本外題 「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」三段目

主な登場人物と簡単な説明

・熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)
当時武蔵国熊谷郷(現在の埼玉県熊谷市)出身の武将。
かつて北面の武士として御所の護衛についていた時、相模と深い仲になる。
不義密通で死罪になるところを、後白河院の寵姫であった藤の方の温情により助けられる。

・源義経(みなもとのよしつね)
源平の合戦で実際に源氏方を指揮。源氏の総大将は兄の頼朝。

・相模(さがみ)
熊谷直実の妻。元は藤の方に仕えていた。

・藤の方(ふじのかた)
平敦盛の母。

他、梶原平次景高、弥陀六 がいます。

あらすじ

一谷の熊谷直実の陣屋。
陣屋の脇に植えてある満開の桜を百姓たちが愛でている。

その陣屋を息子を案じる相模が訪ねて来る。
そこへ「姿を隠してくだされ」と藤の方が駆け込んでくる。
相模と藤の方は16年ぶりの再会を喜び陣屋へと入る。
ーーここまで「熊谷桜の段」上演がカットされる場合もありますーー

熊谷が陣屋に戻る。
東国にいるはずの相模を見て叱りつけ、小次郎初陣の合戦で敦盛を討ったと話す。
涙にくれる藤の方が供養にと、敦盛の形見の笛を吹くと、障子に敦盛の影が現れる。
しかし、それは鎧の影だった。

義経が現れ、敦盛の首実検が行われる。
熊谷が首桶を開けると、それは敦盛ではなく小次郎の首。

半狂乱になって駆け寄る相模と、やはり驚いて駆け寄る藤の方。
二人を制札で制しながら首を差し出す熊谷。
義経は小次郎の首を見て「この首は敦盛の首に相違ない」と断言。

義経は「一枝を伐らば、一指を剪るべし」の制札に事寄せて、
皇統に連なる身分の敦盛の命を救えと熊谷に命じていた。

義経が敦盛を助けたと知った梶原景時は、
鎌倉の頼朝に注進しようするが、石屋の弥陀六に殺される。
眉間のほくろから、義経は弥陀六の正体を見抜き、藤の方と鎧櫃に隠した本物の敦盛を託す。

無常を感じた熊谷は出家の意志を明らかにし、義経に暇乞いの許しをもらう。
蓮生と名を改めた熊谷は悄然と立ち去る。

私のツボ

熊谷の孤独と送り三重

演目のカードを描くとき、初回の場合は、ひと目で何の演目か分かるように心がけています。
基本的には一演目につき一柄としています。
例外もありますが、キリがないので、なるべく一柄に収め、また上演される機会を待つようにしています。
そしてその機会が巡ってきた時には、ここぞとばかりに好きな場面を描きます。

これはその一枚。
熊谷の孤独と送り三重を、満を持して描きました。

熊谷は花道で何を思うのだろう、といつもこの場面を観て思います。
何かに思いを巡らせたら、心が張り裂けてしまう。
自分を守るために、意識的に無の境地に持っていこうとしているように感じられます。
感情と理性の間で揺れながら、グッと腹に力を込める、この重く張り詰めた空気がたまりません。

そして何と言っても送り三重。
まず、合引に右足を乗せて三味線を弾くスタイルがかっこいい。
何がどうかっこいいかと説明するのも野暮天ですが、袴と三味線なのにロックのライブのようなスタイルというギャップが個人的にはツボです。
スピーカーに片足上げてギターやベースを弾くように、合引に右足を乗せて三味線を弾く。
そして淡々と畳み掛けるように弾く姿が、花道をゆく熊谷と対照的で、存在を消しながらも抜群の存在感を醸し出してしまいます。

この場面に漂う緊張感、細い糸のような張り詰めた熊谷の心を、舞台と花道を示す直線と角度に込めました。
静かに激しい。
大好きな場面です。

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