描かれている人物
枠上段:立場の太平次
枠中段:うんざりお松
枠下段:立場の太平次
絵の解説
「妙覚寺裏手の場」
お松を締め殺して古井戸の中に放り込んだ太平次
「道具屋の場」
道具屋を強請(ゆす)るお松
「倉狩峠の場」
倉狩峠の一つ家の暗がりの中で、自分を狙う者たちを殺す太平次。
この後、頬の血を吸った蚊を叩き潰し「夏の夜は短い」と一言。
「倉狩峠の場」
背景の月
あらすじ
鶴屋南北作
主な登場人物と簡単な説明
・立場の太平次(たてばのたへいじ)
かつて大学之助の中間だった侍上がりの悪党。
・左枝大学之助(さえだだいがくのすけ)
多賀百万石の分家筋で、本家の乗っ取りを企んでいる悪党。
美しい女を見ては口説き、従わなければ殺すという残虐な性格。
・うんざりお松(うんざりおまつ)
見世物小屋の頭分で蛇遣い。
もともとは近江国の百姓の娘だったが、素行が悪く、勘当されて今に至る。
太平次に惚れている。
他にも大勢いますが、省略します。
あらすじ・簡易版
左枝大学之助と立場の太平次という二人の悪党と家宝をめぐる話。
お家乗っ取りを企む大学之助は家宝の香炉を奪う。
香炉は質屋に入れられ、香炉を取り戻そうとする大学之助と、かつての主人を助けようと香炉を狙う太平次。
その過程で、多くの人が大学之助と太平次に殺されるが、最終的に二人とも討ち取られる。
あらすじ・詳細版
序幕 多賀家水門口の場
多賀百万石の分家・左枝大学之助(さえだだいがくのすけ)は多賀家の重宝霊亀の香炉を家来に盗ませ、持って逃げさせる。
二幕目 鷹野の場、陣屋の場
そのことを高橋瀬左衛門(たかはしせざえもん)に悟られた大学之助は、瀬左衛門を槍で突いてだまし討ちにし、もう一つの重宝・菅家の一軸も騙し取る。
三幕目 多賀御殿の場、高橋居宅の場
瀬左衛門の弟・高橋弥十郎(たかはしやじゅうろう)は、兄の敵討に出るため出家、合法(がっぽう)と名を改め旅立つ。
四幕目 四条河原の場 / 五幕目 道具屋の場、妙覚寺裏手の場
大学之助の家来、多九郎が香炉を田代屋に質入れしてしまう。
田代屋の主人は、高橋瀬左衛門の弟・与兵衛(よへえ)。
香炉を取り戻そうと、太平次はお松と強請に行くが失敗、与兵衛の後家・おりよを殺害して金品を奪う。
太平次は、用のなくなったお松を絞め殺して、妙覚寺裏手の古井戸の中に放り込む。
六幕目 倉狩峠の場
女房のお道と郷里に戻った太平次は、倉狩峠で立場(旅人の休憩所)を営んでいる。
そこへ瀬左衛門に仕えた縁で太平次を仇と狙う孫七夫婦が現れ、太平次に殺されてしまう。
大詰 合法庵室の場
香炉を持っている与兵衛は高橋弥十郎に匿われていたが、大学之助に香炉を奪い取られる。
瀬左衛門の弟で合法と名を変えた高橋弥十郎は、合邦が辻(がっぽうがつじ)の閻魔堂(えんまどう)の前で大学之助を襲い、弥十郎はみごと仇を討つ。
「本日はこれきり」と切り口上で幕。
*太平次の最期は、大学之助の替え玉として殺される場合と、「倉狩峠の場」で殺害した弥五郎の妹に殺される場合があります。
太平次は物語の最後で殺されますが、誰に殺されるかは一定ではないようです。
また、どこで殺されるかも(閻魔堂の前か、中か等)一定ではないようです。
私のツボ
世話物の悪
鶴屋南北らしいカオスに満ちた作品です。
あまり上演されないので、定本がないせいか、その都度微妙に演出が異なります。
よって、演出が変わらない場面を選んで描きました。
この物語の主軸は何と言っても太平次と大学之助という二人の悪人。
同じ俳優さんが一人二役でつとめられますが、かたや世話物の悪(太平次)、かたや時代物の悪(大学之助)といった味わいで、一つで二度美味しい演目です。
太平次は殺人をも厭わない悪人ではありますが、大悪党というよりゴロツキといった感があり、良くも悪くも大雑把な性格です。
あっちで女房と、こっちでお松と、それぞれイチャイチャする場面はお調子者といった感じで、大学之助よりは人間味が感じられます。
たくさん人が出てきますが、そこは大幅に省略して、二人の悪人に絞りました。
もともと混乱しやすい鶴屋南北ワールドですが、この演目は比較的スッキリしているような気もします。
登場人物は多いですが、お家騒動に絡む仇討ちで、死者が蘇ったり悪霊が出てきたりなどはありません。
ただ、どんどん人が殺されるので、仇討ちする人がたくさん出てきます。
狙われるのは太平次と大学之助と、そこは増えないので、やはりこの二人だけにしました。
うんざりお松は強烈なキャラクターで、歌舞伎の中でもかなり異色ではないでしょうか。
かまぼこ小屋に住み、見世物小屋の頭分で蛇遣いの女。
寺山修司の戯曲に出てきそうです。
四条河原ですが、花園神社の匂いがします。
小屋の前でお色直しをする場面、胸元からヘビがニョロと出る場面も捨て難いのですが、あくまで太平次が主役の構図なので、そこは次の機会にとっておくことにしました。
カードに描いたのは、惚れた男のためにひと肌脱ぐお松。
哀れ、その末路は太平次が足をかけた古井戸の底。
奪った五十両で所帯を持とうと、うきうきするお松の姿が切ないです。
姉御と非人たちから呼ばれる荒っぽい女ですが、性根は優しい女で落ち着いた生活を望んでいます。
その惨劇を静かに見守る三日月。
お松が強請りをする場面、彼女の瞳には太平次との幸せな日が見えていたのかもしれません。
カード下、太平次の背景は、彼が殺めた人々が流した血の色。
鶴屋南北の描く悪人は、とても描き甲斐があるのですが、徹底した悪役(ヒール)だからだろうと思います。
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