描かれている人物
枠上左、右:片岡直次郎(かたおかなおじろう)
下:左から片岡直次郎、三千歳(みちとせ)
絵の解説
枠上左:人目を忍んで大口寮の庭の戸口に立つ直次郎。戸口の雪がこぼれ落ちる。
枠上右:入谷の蕎麦屋で蕎麦を食べる直次郎。「天で一本つけてくれ」
下:やっと会えた瞬間の二人。
三千歳「一日逢はねば千日の 想いにわたしゃ患うて」
あらすじ
「天衣紛上野初花(てんにまごううえののはつはな)」後半 通称「直侍(なおざむらい)」 河竹黙阿弥 作
「直侍」だけの上演の場合は外題「雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)」となります。
主な登場人物と簡単な説明
・片岡直次郎(かたおかなおじろう)
”直侍(なおざむらい)”とも呼ばれる御家人崩れの小悪党。
三千歳の情夫で、河内山の弟分。
違法賭博に関わった罪で追われ、行方をくらます。
・三千歳(みちとせ)
吉原大口屋抱えの花魁。直次郎と深い仲。
直次郎が行方知れずになったのを気に病み、入谷にある大口屋の寮で静養している。
・暗闇の丑松(くらやみのうしまつ)
直次郎の弟分。博徒。
自分の罪を軽くしたいがために直次郎を裏切って捕手に訴え出る。
他、按摩丈賀、大口屋寮番喜兵衛などがいます。
あらすじ
第一場 入谷蕎麦屋の場
雪夜、江戸の外れの入谷にやって来たのはお尋ね者の直次郎。
蕎麦屋で顔見知りの按摩丈賀に会い、恋仲の花魁・三千歳が恋煩いで入谷の大口寮で養生していると聞く。
蕎麦屋を出た直次郎は、今夜会いに行く旨の手紙を丈賀に密かに託す。
直次郎は弟分・暗闇の丑松と偶然出会う。
聞けば丑松も逃げる途中。
しばし、感慨にふけった後、二人は別れる。
第二場 入谷大口屋寮の場
大口屋での再会を喜ぶ直次郎と三千歳。
短い逢瀬を楽しんでいる時、大勢の捕手が踏み込んでくる。
丑松が心変わりして訴人したのだった。
「直さん」
三千歳の声を背に、直次郎は雪の中ひとり逃げていくのだった。
*金子市之丞という三千歳の客を装った実兄が出てくる場合もあります。
どちらも結末としては直次郎が一人で逃げます。
私のツボ
雪夜の耽美なひととき
この作品の初演は明治十四年。
江戸から明治に代わってすでに十年以上たち、江戸が思い出として美化され始める頃だと思います。
美しい遊女と粋な男伊達の雪の夜の切ない逢瀬。
もはやファンタジーですが、そんなことは承知の上で、たっぷりした江戸情緒に酔う演目だと思います。
絵に描いた再会の後、それはそれは濃密な色模様が展開されます。
背中合わせに手を絡め合う二人、直侍にしなだれかかる三千歳、直侍の髪を直す三千歳。
三千歳は”直さん一筋”で、観ていて照れてしまうほどです。
流石にそこを描くのは野暮な気がしますので、その直前、気持ちが溢れる寸前を描きました。
ここの二人の視線の絡めた方が絶妙です。
この視線の絡まり方で、二人の仲の深さが知れると言いましょうか。
二人の背後にある襖、柳とタンポポと春の景色です。
これがまた可愛らしく、二人の心境を象徴しているかのようです。
襖の柳が春風に揺れています。
雪夜のたまゆらの春。
戸口の雪
カードにも描きましたが、大口屋で戸口の雪がどさっと直次郎の頭に落ちます。
黙阿弥がこの場面を脚本に書いたのか、演じるうちに現場で加わったアイデアなのかはわかりませんが、さりげなくてうまい演出だなと思います。
雪道を歩いて冷えて、蕎麦屋で身体を暖める直次郎。
大口寮へ雪道を歩くうちに、また身体が冷え、さらに戸口の雪が落ちてきて追い討ちをかける。
そして三千歳が部屋で暖める。
観客も、あぁ寒そうかわいそう、あぁ暖まって良かったねと感情移入してしまいます。
蕎麦をすする場面は、「直侍」と言えば蕎麦、なので描きました。
よく、「直侍」を見ると蕎麦が食べたくなると聞きますが、本当に食べたくなるので不思議です。
コメント