描かれている人物
枠上:(左から)侍従太郎、腰元信夫、花の井
枠下左:おわさ
枠下右:弁慶
絵の解説
侍従太郎、花の井
信夫
おわさ、弁慶
二人が肌身離さず持っていた赤い襦袢の片袖。
稚児時代の弁慶が来ていた襦袢で振袖です。
孔雀の羽、硯、筆があしらわれています。
これは弁慶が修行を積んだと言われる圓教寺があった書写山にちなんでいるそうです。
寺には弁慶が使ったとされる文机と硯があります。
比叡山を追い出された弁慶は書写山に移り、同僚と揉めた挙句に圓教寺を焼いてしまいます。
再建費用に充てるため、太刀を千本奪い取る弁慶。
999本集め、最後の一本となった時に五条橋で牛若丸と出会います。
義経を出会うきっかけとなった寺(があった山)なのです。
詳しくは「義経記」に書かれています。
金襖、桜
お屋敷は金襖に桜の花の丸が描かれています。
滅多に出番のない、ゴールドの絵具をたっぷり使いました。
箔印刷にしない限り、メタリック系の絵の具を使っても効果はありません。
それどころか反射して、暗い黄土色になってしまうことも多々あり、扱いが難しいです。
が、今回は塗りむらの凹凸が良いニュアンスになり、満足のいく仕上がりになりました。
あらすじ
「御所桜堀川夜討(ごしょざくら ほりかわようち)」全五段のうち三段目
主な登場人物と簡単な説明
・武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)
源頼朝の命を受け、卿の君を討つために侍従太郎の館へやって来る。
・おわさ
信夫の母。針女(しんみょう=裁縫師)。
十八年前、弁慶と一夜だけ契り、信夫を身籠る。
・信夫(しのぶ)
卿の君の腰元。
・卿の君(きょうのきみ)
平家の重臣・平時忠の娘。義経の正室。懐妊している。
・侍従太郎(じじゅうたろう)
卿の君の侍従。
・花の井(はなのい)
侍従太郎の妻
あらすじ
侍従太郎の館で静養中の卿の君のもとへ、弁慶が訪れてくる。
源頼朝から卿の君を討てと命じられているのです。
侍従太郎は腰元信夫を身替りに立てようとし、信夫も承諾しますが、母おわさが頑なに拒みます。
十八年前に一度だけ契った信夫の父にあたる男に会わせるまで死なせるわけにはいかないとのこと。
実は弁慶こそが信夫の父親。
自分が父親だと名乗り出たい気持ちを抑え、卿の君の身替りとして信夫を討つのでした。
そして弁慶は苦しい胸の内を語り、「ごめんくだされ」とことわり、片袖で顔を隠して大泣きする。
信夫の首を本物に見せるため、侍従太郎も切腹する。
弁慶は信夫と侍従太郎の首を抱え、二つの首にすがる母と妻を振り切って堀川御所へ向かうのでした。
私のツボ
派手な様式美
まず弁慶のインパクトが大きいです。
鳥居隈に大毬栗(おおいがぐり)に五本鬢の鬘。
「車引」の梅王丸も毬栗の鬘です。弁慶よりは小ぶりです。
黒の大紋長袴の下に真っ赤な襦袢を着込んでいて、片肌脱ぎになって赤と黒の対比を見せます。
これが金襖に映えて眩しく、美しいです。
また、絵には描いていませんが、遠見で作られた奥千畳も歌舞伎らしい舞台美術です。
情愛の人・弁慶
”一度も異性と契らなかった”、”一度も泣かなかった”という弁慶の伝説を逆手に取ったもの。
豪放磊落な弁慶ですが、どの演目を見ても義経一筋で女っけはありません。
そんな弁慶の前髪の美少年時代、美しい稚児時代のたった一度きりの恋。
十八年前の二十二夜の月待の夜、互いに闇の中で引き合ってちぎれた赤い襦袢の片袖。
ロマンティックです。
そして弁慶が泣くところ。
片袖を破って娘の死に涙します。
「勧進帳」で義経を打ち据えた罪に涙しますが、この演目ほどの大泣きではありません。
涙を流したことはあったかもしれませんが、ここまで悲しみをあらわにしたり、過去を思ってしんみりしたりする弁慶はあまり見られません。
父親としての弁慶と、義経の忠実な家臣である豪快な弁慶がせめぎあい、感情が交錯します。
そしてグッと涙と共に情愛を理性で封じ込め、世間が知る弁慶に戻って花道を引き上げていきます。
普段、誰にも見せない弁慶の柔らかい部分を見ることができる演目です。
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