
描かれている人物
赤枠上:(左から)おみつ、松山、お熊
下:蜆売り三吉、平沢左膳実は稲葉幸蔵
絵の解説
お熊に誘拐されたおみつ、幸蔵を尋ねてきた松山

幸蔵に悪態をつくお熊

雪の中、幸蔵に姉の行方を占って欲しいと頼みにきた三吉

あらすじ
主な登場人物と簡単な説明
・平沢左膳(ひらさわさぜん)実は稲葉幸蔵(いなばこうぞう)
鼠小僧次郎吉
鎌倉で易者をしている。
・おみつ
稲毛家重臣の杉田主膳の娘。
辻番与惚兵衛の息子・与之助に惚れている。
・松山(まつやま)
幸蔵の妻。
元は江戸の質屋の娘。
幸蔵が盗賊と知りながら恋仲になり、勘当されて江戸を追われる。
駿河国中指の廓の太夫に身をやつし、鳥目を患っている。
原作では幸蔵との間にもうけた子どもが一人いる。
実母・お高は刀屋新助の伯母に当たる。
・お熊(おくま)
幸蔵の育ての親。盗賊。
・蜆売り三吉(しじみうりさんきち)
お元の弟。
姉のお元は新助とともに盗みの咎で投獄されたが、姉の無実を信じ、姉を嵌めた真犯人を探している。
他、幸蔵の弟子・左内、本所曽平次などがいます
あらすじ
三幕目 稲葉幸蔵内
稲葉幸蔵は平沢主膳と名乗って易占いを生業としていた。
雪の日、蜆売り三吉という少年が訪ねてくる。
三吉は芸者お元の弟で、姉は百両を盗んだ罪で新助とともに投獄されている。
姉の無実を信じる三吉は、お元らを嵌めた真犯人の行方を占ってほしいという。
幸蔵が杉田家から盗んだ百両に極印があったために二人が逮捕されたと知った幸蔵は、やがて真犯人の行方は知れると答え、金を与えようとする。
姉の二の舞を踏みたくないと拒む三吉を説得して、金を渡す幸蔵。
三吉が帰ったあと、幸蔵は自身の行動が裏目に出たことを思案する。
そこへ稲毛家の重臣・杉田主膳に仕える本所曽平次が訪ねてくる。
杉田家から幸蔵が百両を盗んだため、その責任を負って主膳は蟄居、一人娘のおみつは行方不明となる。
また、辻番の与惣兵衛は盗賊を手引きした疑いをかけられて入牢、極刑に処されるという。
おみつと盗賊の行方を占ってほしいという本所に、幸蔵はすぐに行方は知れるであろうと答える。
本所が帰った後、床に落ちていた簪から、お熊がおみつを誘拐して女郎屋に売り飛ばそうとしていたことが発覚する。
幸蔵はおみつを家へ返す。
夜が更け、幸蔵宅の庭先に松山と名乗る女が訪ねてくる。
幸蔵はかつての女房と察するが、松山は鳥目を患っているため暗闇で目が見えない。
聞けば、夫を探しているという。
幸蔵は正体を明かさずに、薬と金を松山に渡して家に入る。
夜が明け、奉行所に出頭しようとする幸蔵をお熊が止めるが、揉み合いになるうちにお熊を手にかけてしまう。
お熊が投げ出した守り袋の中身を見て、与惣兵衛が実の父だと確信する幸蔵。
さらに庭に潜んでいた松山が家の中へ入ってくる。
幸蔵は正体を明かし、自分が亡き後の供養を頼むと奉行所へと出向く。
※令和四年二月大歌舞伎の筋書きを参考にしています
AKPC89 「鼠小僧次郎吉(ねずみこぞうじろきち)①」
AKPC91 「鼠小僧次郎吉(ねずみこぞうじろきち)③」
私のツボ
役柄について
「鼠小僧次郎吉」のキー・ビジュアルである蜆売り三吉と幸蔵が出会う場面を中心に、彼の人生に大きく関わる女性を三人配置しました。
幸蔵によって人生が大きく変わった三人の女性。
物語の中では芸者お元もその一人ですが、この場面には登場しないことと、実弟の三吉が登場するので描いていません。
お熊は養母として彼に関わり、盗みの人生に引き込んだ女。
松山は元妻、おみつは幸蔵と直接の関わりはないが、与惣兵衛の息子・与之助が好きだったがためにトラブルに巻き込まれてしまった女。
お熊の役柄は歌舞伎で言うところの”継母敵(けいぼがたき)”。
”悪婆(あくば)”は婆といっても老女ではなく、悪女のカテゴリになります。
『伽羅先代萩』の八汐、『鏡山旧錦絵』の岩藤などが代表的な継母敵。
『心中宵庚申』のおみね、『桂川連理柵』のおとせあたりがお熊の役柄に近いですが、そこまでねちっこい描写になっていないのは江戸歌舞伎だからかな、と思います。
松山は「袖萩祭文」そっくりで、歌舞伎では典型的な”哀れな女”の役柄。
ここの折檻の演出を加えると、ますます袖萩になってしまうのでそこは黙阿弥があえて盛り込まなかったのではと思います。
『袖萩祭文』の初演は1762年、『鼠小紋東君新形』は初演1857年。
おみつは巻き込まれただけの不運な女性ですが、この場面では矢絣の衣装を着ています。
矢絣といえば武家に仕える女中たちの定番衣装。
幸蔵が引き起こした騒動が武家をも巻き込む大事件になったことを示唆しているのかなと思います。
幸蔵が来ている衣装は源九郎狐の毛縫のようですが、人気の易者なので瀟洒な蓑を着ているということだろうと思います。
絹糸製の高価な雪蓑の存在を文献資料で確認できなかったので、推測です。
黙阿弥の白浪物の原点
本演目の原作『鼠小紋東君新形』が空前の大ヒットになり、以後、黙阿弥が白浪物を手がけることになるわけですが、一作目から”因果応報”の物語であるのが非常に興味深いです。
黙阿弥の白浪物は『楼門五三桐』の石川五右衛門のような痛快な大悪党でもなければ、鶴屋南北のピカレスクロマンでもない。
弁天小僧にせよ三人吉三にせよ、極悪人ではありません。
悪事を働かざるを得ない境遇になってしまった不運な主人公。
義理も人情もあり、時に失敗もする。
そしてだいたいにおいて最後はバッド・エンドになります。
これは黙阿弥が、曲亭馬琴の”勧善懲悪”の世界観に大きく影響されたからだろうと思います。
そこは好みが分かれるところですが、”善意が裏目に出る”のみならず、裏目が連鎖していく様は非常に普遍的で、現代的でもあるなと感じるのでした。


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