AKPC35 『伊賀越道中双六』①「相州鎌倉和田行家屋敷」

もうひとつ


赤丸枠:柴垣
赤枠上段:お谷
赤枠中段:(左から)和田行家、沢井股五郎
赤枠下段:(左から)和田志津馬、池添孫八

絵の解説

父・行家に挨拶に来たお谷だが会ってもらえない

原画

左:股五郎に偽の手紙を渡された行家と、隙を伺う股五郎
右:行家にお谷と会うよう説得を試みる柴垣

原画

股五郎に襲われた志津馬と、志津馬を介抱する孫八

原画

あらすじ

主な登場人物と簡単な説明

・和田行家(わだゆきえ)
上杉家家老で武術師範。

・沢井股五郎(さわいまたごろう)
悪人。
和田家の家宝・正宗の刀を狙っている。

・和田志津馬(わだしづま)
和田行家の嫡男。傾城瀬川にいれあげている。

・お谷(おたに)
和田行家の娘。志津馬の姉。
唐木政右衛門と不義密通した咎で五年前に勘当されている。

・柴垣(しばがき)
行家の後妻。お谷、志津馬の継母。
勘当されたお谷を気にかけている。
行家との間におのちという七歳の娘がいる。

・池添孫八(いけぞえまごはち)
和田家の家臣。

あらすじ

上杉家家老の和田行家の嫡男・志津馬は、
沢井股五郎に唆(そそのか)されて、
馴染みの傾城・瀬川を身請けするため家宝・正宗の刀を質入してしまう。

志津馬の姉・お谷は、行家の弟子・荒木政右衛門と不義密通したため勘当されているが、
許しをもらうため日参している。
行家の後妻・柴垣はお谷を案じているが、行家は頑なにお谷を拒否していた。

そんな折、先述の志津馬の一件が起こるが、行家は股五郎の奸計と見破り、
刀も請け戻す。

行家の屋敷へ股五郎がやってきて、改心を装うが行家に拒まれる。
すると、股五郎は
「刀を欲しがる真犯人は別にいる。その証拠の密書を入手した。自分も巻き込まれた被害者だ」と
うそぶいて行家に偽の手紙を渡す。

行家が手紙を読もうとしたところを殺害する。
股五郎は刀を奪い、
父の様子を見に来た志津馬に斬りつけて逃走する。

私のツボ

お約束

曽我兄弟、赤穂浪士とならんで三大仇討ちと呼ばれる伊賀上野の仇討ち。
その有名な史実をもとに描かれたのが「伊賀越道中双六」。
史実の云々は割愛しますが、
物語の発端と登場人物のキャラクターは歌舞伎お馴染みのお約束です。

不義密通で勘当中は
「菅原伝授手習鑑」の戸浪と源蔵夫妻を筆頭によくあるパターン。
お谷はまだ日参できるだけの余地があるのが救いとも言えます。

当主の嫡男・志津馬は傾城に入れあげる色男。
これは「霊山亀山鉾」の石井源之丞とちょっと被ります。
家柄がよく、色男で女性にはモテますが、ちょっと頼りない優男。
あっさり犯人を取り逃してしまうところもお約束。

志津馬を介抱する孫八は、「沼津」でお米と共に藪の中で重兵衛の告白を聞きます。
「沼津」だけ見ると、突然の登場にやや唐突感が否めませんが、
二人はこの時からの長い付き合いだったのか、と感慨深くもあります。

そして狙われる家宝の刀。
時に巻物だったり、香炉だったり、鼓だったり、家を家たらしめる宝。
家宝を盗んでそれをネタに家督を奪うのが敵の狙いです。
敵が欲しいのは現金ではなく、地位。
権力なのです。

この演目の悪役・沢井股五郎の卑怯さがよく表された場面として、
嘘の手紙を行家に渡し、その隙を見て殺害するというところ。
手紙が読みやすいようにとわざとらしく行燈を手にし、
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるところがポイントです。

かぶきねこづくしでは、特徴的なメイクの役柄以外では基本的には眉毛を描かないのですが、
股五郎はじめ、物語で悪役寄りの役柄は眉毛を描いておきました。
描く上で敵味方のメリハリがつけやすいという私的な理由です。

まだ主役の唐木政右衛門は登場しませんが、
主役登場のお膳立てといった場面。

なぜ通しで描くのか

歌舞伎では「沼津」以外の段は滅多に上演されませんが、
戦後、数回「伊賀越道中双六」の通しが上演されています。
文楽のようなフルバージョンではなく、
その都度、構成が若干変わります。

私は過去に国立劇場で3回観劇しました。
2017年、2014年、二代目吉右衛門さんが中心となったもの、
2013年、四代目藤十郎さんが中心となったもの。

両方の上演を適度に混ぜてフルバージョンとしました。
「沼津」の重兵衛のその後を描いた「伏見北国屋の段」は
歌舞伎では上演されていないので、今回は省略しています。

「伊賀越道中双六」の歌舞伎での通しを見て、
なんというか決して楽しくはない重い話なのですが、
人間の業や不条理をまざまざと見せつけられるのも、
これまた歌舞伎の、演劇の醍醐味かなと最近よく思います。

二代目吉右衛門さんが逝去され、
もう「伊賀越道中双六」の通しを観ることは難しいだろうと思っていたのですが、
今夏、あべの歌舞伎で「伊賀越道中双六」の半通しで上演されると知って、
これ幸いとばかりに便乗しました。

新作も良いですが、たまには古典が観たい、
ぐっと胸に迫る演目を切望してやみません。

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