AKPC40 『伊賀越道中双六』⑥「遠眼鏡」

もうひとつ


上:(左から)平作、呉服屋十兵衛、お米
赤枠左:唐木政右衛門
赤枠右:奴助平、お袖、和田志津馬
背景:(左)沢井股五郎、(一人おいて)、(右)近藤野守之助

絵の解説

藤川の新関
関所破りをする政右衛門

原画

遠眼鏡で贔屓の遊女の浮気を覗き見て騒ぐ助平。
騒ぐ助平の隙を伺う志津馬とお袖。

原画

鋲乗物(びょうのりもの)に乗って関所を抜けようとする股五郎。
護衛をするのは円覚寺でも逃亡の手助けをしたアンチ上杉家の近藤野守之助。

原画

あらすじ

主な登場人物と簡単な説明

・和田志津馬(わだしづま)
和田家の嫡男。
父の仇討ちのため、沢井股五郎を探して全国行脚中。

・お袖(お袖)
関所の茶店で働いている。
関所の下役人の山田幸兵衛の娘。
沢井股五郎の許嫁だが股五郎とは会ったことがない。
志津馬に一目惚れする。

・助平(すけべい)
沢井股五郎のところへ鎌倉から書状を届けに来た。
股五郎への書状と通行手形を志津馬に盗まれる。

・唐木政右衛門(からきまさえもん)
志津馬とは別行動で股五郎の行方を追っている。
藤川の関所で互いに気づくことなくすれ違う。

他、沢井股五郎、近藤野守之助がいます。

あらすじ

新川の関(岐阜県関ヶ原町)。

沢井股五郎の後を追う和田志津馬は、
関の下役人をつとめる山田幸兵衛の娘・お袖と知り合う。

お袖は志津馬に一目惚れ。
志津馬はその恋心を利用して、お袖に関抜けの手引きをさせる。

茶屋で同席した奴助平が偶然にも股五郎の家来だと知った志津馬は
遠眼鏡に夢中の助平の隙を窺って手荷物から書状を奪う。
さらに助平が落とした通行手形をお袖が志津馬に渡し、難なく関越え。

関所を越えようとするが手形が見つからない助平は茶店に忘れたと急いで引き返す。

一方、股五郎は近藤野守之助の護衛により関所を越える。
関所の様子を窺っていた政右衛門は、
先に関所を通った鋲乗物こそ股五郎と見定め、
裏道から関所を抜けるべく竹藪の中へ入る。

私のツボ

チャリ場のユーモア

浄瑠璃はほぼ必ずチャリ場と呼ばれる笑いをとる場面があり、
浄瑠璃を原作とする丸本歌舞伎にもチャリ場は踏襲されます。
代表的なところでは
『菅原伝授手習鑑』の涎(よだれ)くり与太郎、
『仮名手本忠臣蔵』の「十段目」丁稚の伊五、
『義経千本桜』の早見の藤太、
『妹背山婦女庭訓』の「杉酒屋」の丁稚子太郎
などなど。

チャリ場は省略される場合が多いですが、
これは上演時間や配役の都合によるものが大半です。

歌舞伎を見始めた頃、チャリ場というものを知らなかったことと、
歌舞伎は難しいもの=笑う要素は皆無、
という先入観があったので反応に困ったものでした。

当時はまだ私も二十代と若く、シニカルな笑いが好きだったのもあり、
なんだこのヌルい笑いは寒っ、とも思いました。

月日は流れて幾星霜。
いつしか、このヌルい笑いが心地よくなり、今では大好きな場面です。

丁稚はアホの坂田こと坂田利夫を彷彿とさせるものがあり、
アホをアホとしてそのまま受け入れ、笑いで包み込む。
誰かを貶めたり、傷つけたりすることで生じる笑いとは違い、
「アホやなぁ〜」でその場の空気を和ませる笑い。
シニカルでも諧謔でもペーソスでもなくて、ユーモア。

ふわっと和ませ、笑いで緩急をつけるようなユーモア。
このユーモアはあまり江戸歌舞伎では見られないので、
上方文化独特の感性ではないかと思っています。
江戸の笑いはもうちょっと直截的で分かりやすい。
『助六』の通人や『源氏店』の藤八然り。

そんなチャリ場のこの「遠眼鏡」ですが、
そもそも藤川(岐阜県関ヶ原町)から吉田宿(愛知県豊橋市)が見えるわけもなく、
そこを突っ込むのは野暮というもの。
抜け目ない色男(志津馬)に綺麗どころ(お袖)、
悪役(股五郎)、ヒーロー(政右衛門)と
お約束の役柄が揃っていて、さながら吉本新喜劇のようです。

この前後の場面、「沼津」と「岡崎」が悲劇なので
ちょっとした箸休めの場面。

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