上:(左から)平作、呉服屋十兵衛、お米
赤枠左:お米
赤枠右:(左から)平作、呉服屋十兵衛
絵の解説
沼津宿のはずれにて。
お米・平作親子の勧めで、平作の家へと誘われる十兵衛。
思案にふけるお米。
懐手に左腕をたらすポーズは遊女や芸者を表す。
かつての傾城瀬川の心に戻るお米。
十兵衛の脇さしを自らの腹に突き立てる平作と、寄り添う十兵衛。
闇夜なので互いの姿がよく見えない。
あらすじ
主な登場人物と簡単な説明
・呉服屋十兵衛(ごふくやじゅうべえ)
沢井家出入りの商人。
その縁で、沢井股五郎の逃亡を手助けする。
・平作(へいさく)
貧しい荷物持ちの老人。
お米の夫・志津馬の仇討ちを助けたい。
・お米(およね)
平作の娘。
かつて江戸吉原の遊女・傾城瀬川だった頃、和田志津馬に身請けされ妻となる。
他、池添孫八、荷持ち安兵衛がいます。
あらすじ
東海道は沼津宿のはずれ。
荷担ぎの老人・平作は、呉服屋十兵衛の荷物を担ぐが転んで足に怪我をする。
十兵衛が持参していた薬を塗ると、痛みはすぐにおさまった。
そこへ平作の娘・お米が通りかかる。
十兵衛は親子に勧められるまま平作の家へ泊まることにする。
同 平作住居の場
お米に一目惚れした十兵衛は結婚を申し出るが、夫がいると断られる。
夜半過ぎ、お米が十兵衛の傷薬を盗もうとするが、十兵衛に取り押さえられる。
お米を問いただす十兵衛。
お米の話から、お米の夫は和田志津馬であり、平作が実の親と知る。
沢井側に縁故がある十兵衛は、金と印籠を置いて立ち去る。
十兵衛が置いていった印籠は沢井家の紋が入っており、
中に入っていた臍の緒書きから、十兵衛が二歳の時に養子に出した実の息子と分かる。
平作は十兵衛の後を追う。
同 千本松原の場
十兵衛に追いついた平作は、股五郎の行方を教えてくれと請うが、
義理堅い十兵衛は明かそうとしない。
物陰ではお米と池添孫八が二人の様子を伺っている。
暗闇の中、平作は十兵衛の脇差しで腹を突き、
冥土の土産に聞かせてくれと懇願する。
驚いた十兵衛は腹を決め、お米と孫八にも聞こえるように声を張って股五郎の行き先を明かす。
親子の名乗りをあげる十兵衛の腕の中で、平作は絶命する。
私のツボ
昼の明るさと、夜の闇
真実を知る前と後、という構図。
あるいは表の姿、真実の姿。
裏の姿ではなく、個々人が秘めている真実が露呈した姿。
沼津宿の外れでたまたま出会った三人。
平作、十兵衛、お米。
まさかの因縁が露見する前の、まだ、”袖振り合うも多生の縁”の関係の場面。
実の親子だけれども、まだそれを知らない。
十兵衛はお米の美しさに見惚れ、平作・お米親子は十兵衛の傷薬が欲しい。
それぞれの下心を隠しつつ、
背景の富士山もあいまって、のどかな情景。
「沼津」の中でも前半の平和な場面は大好きです。
とりわけ野菊を手にしたお米がかわいい。
下段の赤枠は、それぞれの本性あるいは過去が炙り出された姿。
お米は艶っぽい傾城瀬川、
平作は十兵衛の父として、十兵衛は平作の息子としての姿。
十兵衛が傘を手に、股五郎の行方を告げる場面が有名ですが、
以前に描いたので、もう一つ、好きな場面。
十兵衛が、義理と人情と、どちらを取るか究極の選択を迫られているところ。
ここの十兵衛の苦悶に満ちた表情が、なんともたまりません。
私としては「沼津」観劇の緊張がピークに達する場面。
平作が我が命を捨ててまで股五郎の行方を聞き出そうとするのは
「そこまでするか?」と、いまいち理解し難いところではありますが、
彼なりの贖罪なのかなと解釈しています。
娘婿とはいえ、和田行家あるいは和田家に恩義があるわけでもなし。
なのに、命を捨ててまで和田志津馬を助けようとするのは、
幼少期に捨てた息子への罪滅ぼし。
前半と後半の明度が違いすぎて、
この極端さも近松半二らしいなと思うのでした。
昼の明るさと、夜の闇。
そんな構図です。
和田志津馬と池添孫八
「沼津」では登場しない和田志津馬。
円覚寺で股五郎に負わされた傷が悪化して療養中という設定。
あらすじで前後はわかっていても、存在感は薄い。
平作の家で養生すれば良いのに、とつい思ってしまう。
荒屋では療養中の身に堪えるのでしょうか。
千本松原の場面で、お米と藪に潜む池添孫八も唐突感が否めません。
この辺のモヤモヤは、通し上演で見て、
ここに至るまでの物語がわかって解消されました。
和田志津馬は本当にいるんだ、とスッキリしました。
平作一家がメインの物語なので、
和田志津馬が登場すると焦点が散漫になってしまいそうで、
彼が登場する余地はないほどに完成されている演目なのですが
たまに半通しくらいで上演して和田志津馬を出せば、
平作とお米が抱える事情の重さがよりわかって良いように思います。
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