AKPC37 『伊賀越道中双六』③「饅頭娘(「唐木政右衛門屋敷の段」)」

もうひとつ


赤枠左:お谷
赤枠右上段:柴垣
赤枠右下段:宇佐美五右衛門
背景:(左から)おのち、唐木政右衛門

絵の解説

左:祝宴の給仕をするお谷
右:離縁の理由を問いただす五右衛門

原画

三方に乗った正式な敵討御免状(仇討ちの許可証)を見つめる柴垣

原画

饅頭を半分に割って固めの盃代わりとする政右衛門
手前の紫の風呂敷が掛けられているものは祝儀の琴。
背景の唐草模様の荷物は嫁入り道具。

原画

あらすじ

主な登場人物と簡単な説明

・唐木政右衛門(からきまさえもん)
剣豪。
義弟志津馬の助太刀をするため奔走する。

・お谷(おたに)
政右衛門の妻。政右衛門との子供を宿している。
勘当中であるため、政右衛門とは内縁関係。

・宇佐美五右衛門(うさみごえもん)
大和郡山藩士。
勘当されたお谷の親代わりとなって、政右衛門と結婚させる。
政右衛門を大和郡山の城主・誉田家の剣術指南に推挙する。
お谷・政右衛門のよき理解者。

・柴垣(しばがき)
和田行家の後妻。お谷・志津馬の継母。
おのちの母。

・お後(おのち)
和田行家と後妻・柴垣の娘。7歳。
お谷・志津馬の異母妹。
父の仇討ちのため唐木政右衛門と形式上婚姻するが、おのち本人は分かっていない。

あらすじ

大和郡山。
駆け落ちしたお谷と唐木政右衛門は、
郡山藩の重臣・宇佐美五右衛門を親代わりとして夫婦となり、
仲睦まじく暮らしていた。

行家が殺害されたことを知るや、政右衛門はお谷と離縁し、
屋敷から追い出してしまう。
身重のお谷は納得がいかず屋敷に戻るが、政右衛門に女中扱いされた上に
祝言の給仕まで言いつけられる。

そこへお谷への仕打ちを聞きつけた五右衛門が果たし状を持って乗り込んでくる。
政右衛門を誉田家に推挙し、御前試合を明日に控える只中のことであった。
推薦人として怒りが収まらない五右衛門に、「(お谷に)飽きました」とうそぶく政右衛門。

やがて新婦が到着。
駕籠から降りたのは7歳のおのち、お谷の義妹であった。
さらに三方を手にした柴垣が現れる。
驚くお谷をよそに、
婿引出物として上杉家から志津馬に下された仇討御免状を政右衛門に渡す。

政右衛門は離縁と婚姻について心底を明かす。
お谷は勘当中なので、正式な婚姻関係として認められず、政右衛門には行家の仇討ちの資格がない。
志津馬の助太刀をするために、おのちと縁組をしたと明かす。

夫の真意を理解したお谷は離縁を納得する。
幼い花嫁は、目の前の饅頭を欲しがり、政右衛門と半分ずつ取り交わして婚礼は無事終わる。

私のツボ

武家社会の女たち

やっと登場した主人公の唐木政右衛門。
「仮名手本忠臣蔵」の由良之助のような、頼れる男。
ひと言で言えば、出来た人間です。
武士の鑑のような男。

主人公は安定感があるので「饅頭娘」といえばの場面を描きました。

興味深いのは、主人公の政右衛門を取り巻く人々の心情。
宇佐美五右衛門は、政右衛門と同じ武士であると同時に、
世話役のような立ち位置なので、同類の人間でしょう。

残るは政右衛門を取り巻く女たち。
封建社会の生きる女たちは、とかく男に振り回されます。
理性で理解はできても、
感情や本能で受け入れられるかどうかはまた別問題で、
その葛藤を乗り越えようとする姿に胸を打たれます。

お谷は、まだ政右衛門の真意がわからず、
戸惑いながらも夫を信じたいという気持ちに揺れるところ。

一番描きたかったのが、おのちの母の柴垣。
私は一度しか「饅頭娘」を見たことがありませんが、
この三方を前にしての柴垣の佇まいがなんとも沈痛で、
非常に印象に残っています。
複雑な胸中察するにあまりあるのですが、
武士の妻として、それら全てグッと飲み込んで、
でも飲み込みきれず、悲しみや虚しさが滲み出てしまう
といったような表情。

おのちの無邪気さが余計に柴垣の悲しみを深めます。
まだ幼い娘を夫の仇討ちに差し出すようなもので、
何のための、誰のための仇討ちなのか、その葛藤は察するに余りあります。

本作にせよ、「仮名手本忠臣蔵」にせよ、男が主役で
歌舞伎は男が主役の戯曲が大半なのですが、
男たちに翻弄される女たち、という視点で見ると、なかなか興味深いです。
戯作者は男性なので、女性の心理描写はそこまで踏み込んではいないのですが、
それがかえって観る側に深読みする余地を与えており、
当時の女性という立場が浮き彫りにされるように思います。

コメント