AKPC34 恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたずな)より「重の井子別れ」

かぶきねこづくし

描かれている人物

赤枠上左:(左から)近習吉田文吾左、近習吉田源吾左
同 右:三吉
赤枠下左:(左から)重の井、調姫
同 右:(左から)弥三左右衛門

絵の解説

重の井、調姫
三吉を見送る重の井。
幕引きの見得

姫の出立に際し、馬子唄を謳う三吉

原画

泣きじゃくる三吉をゲンコツで叩いた近習二人組
吉田文吾左と吉田源吾左

原画

三吉を見て動揺する重の井を訝しむ弥三左右衛門
手甲も鼻緒も赤い。

原画

あらすじ

主な登場人物と簡単な説明

・重の井(しげのい)
調姫の乳母。
由留木家家中の伊達与作との間に与之助を授かる。
不義密通の咎により、与作と与之助は追放される。

・自然薯三吉実は与之助(じねんじょさんきち 実は よのすけ)
重の井の実子。実父の与作は行方不明。
馬子。10歳。
両親の名前は知っているが、会ったことは一度もない。

・調姫(しらべひめ)
由留木家の息女。10歳。
政略結婚により入間家に輿入れが決まっている。

・本田弥三左衛門(ほんだやそざえもん)
入間家の家老。
調姫を迎えに水口宿まで来ている。
全身赤いので、通称”赤爺”。

・若菜(わかな)
調姫の腰元

あらすじ

これまでの経緯(上演はされません)
調姫の腰元だった重の井は、由留木家家中の伊達与作と不義密通。
御家の法度を犯した罪で与作は勘当される。
重の井と父・竹村定之進も暇を出されるが、定之進は責任をとって切腹する。
それによって重の井は赦され、調姫の乳母として家に残る。
重の井の子・与之助は生まれてすぐに里子に出される。

由留木家奥座敷
丹波国由留木家の息女・調姫は、江戸に向かって嫁入り道中に出発するところ。
嫁ぎ先の入間家家老が迎えに来て、さて出発となったところ、
幼い調姫は故郷が恋しくて「いやじゃ、いやじゃ」とむずかり出す。

姫の機嫌をとるため、玄関先で待機していた馬子の三吉が呼ばれ、
三吉が持っていた道中双六を打たせる。

姫は機嫌を直し、一同出発の準備に取り掛かる。

三吉に褒美の菓子を与えようとした重の井に、
三吉は「母さま」とすがりつく。
守り袋などから三吉こそ生き別れの実子であると知る。

姫への忠義、自らのために命を落とした実父への恩義、我が子への愛、
と、様々な思いが交錯し、重の井の心は千々に乱れる。

自分を拒む重の井に、三吉は泣きじゃくるのだった。

同玄関先
姫君の出立の用意が整い、一同は玄関先に集まる。
若菜が姫君出発の景気付けにと、三吉に馬子唄を歌わせる。
三吉は馬子唄を謡いながら名乗りをあげられぬ母を見返りつつ去り、
重の井は断腸の思いで三吉の後ろ姿を見送る。

その後(上演はされません)
東海道・関の宿(三重県鈴鹿市)
三吉の父・与作は勘当後、博徒となって宿場町の飯炊女(通称おじゃれ)小まんと慣れ染める。
借金が嵩み、実子とは知らずに三吉に盗みを指南。
くしくも三吉は調姫一行が滞在する宿に盗みに入って捕まってしまう。

我が子に罪を犯させた恐ろしさに、与作は伊勢街道の千貫松で心中を図る。
そこへ調姫の一行がやってきて、三吉の健気さに免じて罪を許す。
与作は由留木家に帰参、重の井は本妻となり、小まんは側室となる。
〜めでたしめでたし〜

私のツボ

色にふけったばっかりに

この演目の見どころは、実の親子の悲しい別れなのですが、
そもそもの原因は重の井が家中の伊達与作と不義密通したこと。

当時は自由恋愛は禁止されており、身分違いの恋愛ないし結婚は厳禁、
武士の結婚は君主や両親が決めることと武家諸法度で定められていました。

歌舞伎であれ文楽であれ、この御法度を犯してしまうことから物語が始まることが多いです。
「菅原伝授手習鑑」の源蔵と戸浪、
「仮名手本忠臣蔵」の勘平とおかる、
「浮世柄比翼稲妻」の名古屋山三と腰元岩橋、
また「魚屋惣五郎」のお蔦は不義密通の疑いをかけられて手討ちにされてしまいます。

武家に限定しなければもっとたくさんいますが省略します。

不義密通が露見すれば厳罰に処されます。
手討で命を落とすこともあれば、徒刑に処せられることもあり、
そうでなくてもお家追放と社会的に追放されます。
と、分かっていても欲望に勝てないのが人間というもの。
理性で制御できない弱さ、もろさ。
そしてそれによる業を抱えながら生きていく人間の姿を歌舞伎は描いているからこそ、
今も観客の胸をうつのだと思います。

勘平の至言「色にふけったばっかりに」。
きっと重の井もそう思ったことでしょう。

重の井は片外しの大役ですが、片外しの中でもとりわけ人間くさくて好きな役どころです。

悪気はないのだけれど

この演目の悲しさを増すポイントは、
悪気のない善意の刃とでも言いましょうか、
家臣たちは姫君を喜ばそうとあれこれ手を尽くすのですが、
その行為が全て三吉・重の井親子の悲しみを深めます。

誰も二人が親子である事実を知らないし、
知ったところでどうしようもなく、
むしろ知られては困るわけで、
ただただ各々が役目に忠実に振る舞っているだけです。
そもそも輿入れのめでたい道中ですから、
腰元は姫君を喜ばそうと、再び三吉を呼びつけて玄関先で謡わせる。
先ほどの母との悲しい対面を引きずって泣きじゃくる三吉をゲンコツで叩く近習二人組。

腰元若菜の明るさと、融通がきかない堅物の近習。

真相を知るのは重の井と三吉と観客だけ。
周りとの落差がより一層悲しさを増します。

このあたりの観客の涙を絞るようなねちっこい演出は、
なんというかさすが浄瑠璃界のドン・三好松洛じゃわいなと思います。

原作ではこの後まだ続くのですが、
この悲しく美しい幕引きで終わるのがやはり良いようです。

コメント