AKPC29 銘作左小刀(めいさくひだりこがたな)〜京人形(きょうにんぎょう)

もうひとつ

描かれている人物

赤枠左:京人形の精
赤丸右:(左から)奴照平、井筒姫
赤枠右:左甚五郎
赤丸左:甚五郎女房おとく

絵の解説

左から、
京人形の精、おとく
小車太夫の手鏡を手にし、太夫の魂が入った人形
甚五郎に頼まれて廓の仲居役をする女房のおとく

原画

左から
甚五郎、奴照平と井筒姫
甚五郎の立ち回り
逃げ行く照平と井筒姫

原画

京人形の精、甚五郎、おとくの衣装は俳優によって違います。

あらすじ

・左甚五郎(ひだりじんごろう)
彫工の名人。
井筒姫を娘おみつと偽って匿っている。

・おとく
甚五郎の女房。
かつて井筒姫の兄の家に仕えていた。

・井筒姫(いずつひめ)
松永大膳に言い寄られ、
甚五郎夫妻に娘として匿われている。
足利義照の妹。

・奴照平(やっこてるへい)
井筒姫のお供

あらすじ

腕の良い彫物師の左甚五郎は、
廓で見かけて一目惚れした花魁の小車太夫に一目惚れし、
太夫にそっくりの京人形を作る。

ある日、人形を相手に酒を飲んでいると人形が動き出す。
丹精込めて彫った甚五郎の魂が人形に宿ったためか、動作が男っぽい。
廓で拾った太夫の手鏡を人形に渡すと、たちまち女らしく動き出す。
人形と踊る甚五郎。

女房のおとくが、
松永大膳に井筒姫のいどころが知れてしまったと告げに来る。
人形を箱にしまって策を講じる甚五郎。
そこへ井筒姫に仕える奴の照平がやってきて、
甚五郎を敵と間違えて右腕を斬りつけてしまう。

井筒姫より仔細を聞いた照平は甚五郎に詫び、
姫と共に逃れて行く。

松永大膳の手下が大工に変装して乗り込んでくる。
甚五郎は大工道具を用いて大立ち回り、手下たちを追い払うのであった。

私のツボ

和製「ピュグマリオンとガラテア」と思いきや

自分が作った人形に恋をする話といえば、ギリシア神話の「ピュグマリオン」。
日本の江戸時代にも同じような物語があったのか、と思いきや、
そこは歌舞伎なので期待を軽々と裏切ってくれます。

人形に魂が宿るくだりは前半で、
後半になると人形は箱にしまわれてしまい、
物語は唐突にお家騒動に変わります。

姫様が出てくるわ威勢の良い奴が出てくるわ、
甚五郎は腕を斬られるわ
敵方の手下が出てくるわ、
人形は結局箱にしまわれたまま。

前半と後半でガラリと物語が変わるのは歌舞伎ではよくあることなのですが、
「京人形」は
『箱入あやめ木偶(にんぎょう)』や
『時翫雛浅草八景(しきのひなあさくさはっけい)』などの所作事をベースに、
河竹黙阿弥が改作して1860年(万延元年)
『拙腕左彫物(およばぬうでのひだりほりもの)』として
上演されたものが基本になっています。

黙阿弥の改作では
小車太夫に恋煩いの甚五郎を、
医者に扮した敵方の手下が診察に来て、
娘おみつ実は井筒姫が応対に出ます。
それによって井筒姫は甚五郎宅に匿われていることが敵に露見するのですが、
そこは丸ごと省略。

「すし屋」さながら、
松永大膳に井筒姫の偽首として差し出そうと京人形の首をはねた甚五郎。
それを井筒姫の首と勘違いした照平が甚五郎を斬りつけるという流れでしたが、
いつの間にやらそこも省略。
彫物師なのに腕を切り落とされるとはこれいかに。
奴照平の有無を言わせぬ勢いに押され話は進んでいきます。
やたら押しの強い奴(やっこ)が出てくるのも歌舞伎のお約束。

ちなみに松永大膳は「金閣寺」にも登場します。

200年近い月日を経て、
ウケの良い京人形のくだりと大工道具を使った立ち回りをメインに
「京人形」は前半と後半に分かれる構成となりました。

前半と後半でつながりがあるようなないような、
よく言えば見どころ盛りだくさん、
悪く言えば脈絡がない展開ですが、
なかなか最初からこのような展開の脚本は書けないだろうなと素人ながら思います。
生成AIでは到底書けません。

水滴が岩をうがつように、長い時間をかけてじっくり変形を遂げた演目。
たくさんの人の思惑が絡み、その思惑は時代を反映し、変化し続ける。
予測できない、計算を超えた変拍子こそ、歌舞伎の面白さです。
ある意味、天然物の”わけのわからなさ”。
今時、貴重なセンスです。

衣装について

京人形の精、甚五郎、おとくの衣装は俳優によって異なります。

京人形の精
今回描いているのが一番典型と思われる衣装。
白地に波と花の着物に、赤地に白と金の市松模様の帯。
資料を見返した中で、一番多く着られている組み合わせです。

次に多いのが、黄緑色と金の市松模様の地に扇の模様が施された帯。
この場合、着物は白地に銀糸の波模様と槌車文(つちくるまもん)と熨斗になることが多いです。

たまに見かけるのが
黒と銀の市松模様の地に花丸あるいは花の模様が施された帯。

どの衣装を採用するかは俳優さんによるようなので、定番と思われる赤帯にしました。
色と刺繍は違いますが、帯は市松模様、着物は水にまつわる模様はお約束のようです。
変わらないのは、
髪飾りに団扇(団扇の模様は異なります)と紅い櫛と紅白の水引が付くこと、
裾回しは赤の鹿子模様です。

おとく
『傾城反魂香』又平女房おとくのような小豆色の石持(こくもち)が多いですが、
紫地に白の小紋(もみじ模様)の場合もあります。

京人形、赤姫姿の井筒姫と並ぶと石持ではどうしても地味なので小紋にしました。

甚五郎
緑地に白の小紋(木の葉模様)なのは同じですが、緑のトーンが異なります。
濃いグリーンと、淡いグリーン。
これも俳優によるようなので、私の好みで淡いグリーンにしました。

何回か舞台を観ていますが、
この三人の衣装の組み合わせがいつも異なっていたような記憶があります。

コメント