AKPC27 引窓(ひきまど)

もうひとつ


AKPC27 引窓(ひきまど)

描かれている人物

上段:お早
中段:濡髪長五郎(手前)、お幸(後方)
下段:南与兵衛

絵の解説

左:濡髪の前髪を落とす母、
右:お早の出、月見の用意
お早の衣装は、紺縞の場合もありますが、今回は紫地に白格子にしました。
前掛けは俳優さんによって異なるようです。

原画

濡髪を捕縛する南与兵衛の見得

原画

あらすじ

「双蝶々曲輪日記」(ふたつちょうちょうくるわにっき)全九段のうち八段目

主な登場人物と簡単な説明

・濡髪長五郎(ぬれがみちょうごろう)
大関を張る人気力士。5歳の時に養子に出される。
右頬に大きな黒子(ほくろ)がある。

・お早(おはや)
与兵衛の女房。元は新町の傾城。

・南与兵衛後に南方十次兵衛(なんよへえ のちに なんぽうじゅうじべえ)
亡父南方十字兵衛(なんぽうじゅうじべえ)の名と郷代官という職を継ぐ。
初仕事に、濡髪長五郎の逮捕を命じられる。
お幸は亡父の再婚相手で義理の母。

・お幸(おこう)
濡髪の実母。南与兵衛の義母。
その後郷代官の家に嫁ぎ、南与兵衛は再婚相手の息子。

あらすじ

これまでの経緯
人気力士の濡髪は、
恩人の山崎屋の若旦那・与五郎が恋敵の侍に暴行されているところを助け、
はずみで侍とその仲間を殺してしまう。
濡髪は実母の住む京都・山崎へと落ちのびる。

引窓(ひきまど)
十五夜の夜、京都の八幡の里、南与兵衛の家。
母のお幸と嫁のお早が月見の支度をしている。
与兵衛が留守のところへ、濡髪長五郎が人目を忍んでたずねてきた。

事情を知らず、再会を喜ぶ母とお早。
濡髪が二階で休んでいるところへ、与兵衛が帰ってくる。
お上から亡父の仕事と名前を継いだことを嬉しそうに報告する与兵衛。
初仕事は濡髪の逮捕だと人相書を見せる。

やがて、二階に濡髪が潜んでいると知った与兵衛は捕まえようとするが、
お幸が濡髪の人相書を売ってくれと言ったことから、
実の親子であること知る。

与兵衛は濡髪を逃そうとするが、濡髪は義理が立たないと母の縄にかかる。
与兵衛は引窓から差し込む月光を朝の光に見立て、
朝になったので自分の責任ではないと言って縄を切り、
濡髪を逃す。

濡髪は筵に身を隠し、花道を引き上げて幕。

私のツボ

義理か血縁か

「引窓」は既に商品化していますが、欲張り構図になっているので
描き直したいと思っていた演目。

今回は、欲張らず、それぞれ見栄えする場面を描きました。
お早はなんといっても姉さん被りで月見の用意をするところ。
季節感もあり、平和な日常を愛おしむ細やかさなども垣間見られ、
騒動前の平穏なひととき。
この場面のお早のように、
女形は上半身と下半身が別の方向になる捻れた動きをすることが多く、
この捻れこそが、歌舞伎女形独特の色気を生み出すのかなと思います。

濡髪はやはり母に前髪を剃られる場面。
いわば断髪式のようなもので、胸中察するに余りあります。
お幸は、ほぼオロオロしながら立つか座るかしているので、
この演目ならではの動きをする場面を選びました。

与五郎は羽織を半脱ぎにする見得もありますが(2階に濡髪を確認した瞬間)、
十手を咥えたこちらの見得の方が捕手ならではなので、こちらに。

欲張らずにまとめたところ、
義理の親子、血縁の親子といった構図になりました。

老け役

歌舞伎を観始めた頃、全く予習をしないで幕見で観ました。
前にも書いたことがありますが、俳優の名前と顔も一致せず、
演目の内容どころか何が演っているのかも調べず、
時間が空いたらフラ〜っと幕見に行って、歌舞伎体験を楽しむ、
というのがそもそもの付き合い方でした。

引き窓から差し込む月明かりの演出がさっぱり分からなくて、
何やら緊迫していることは分かるものの、その理由は分からず、
濡髪の顔が月明かりで手水鉢に映ってしまう、というのも
随分後になってから知りました。
濡髪は屋根づたいに隣の家に逃げたのかと思っていました。

現代人、とりわけ都会育ちには月明かりの明るさが
体感として分かりづらいというのも分かりにくくする
原因の一つだろうと思います。

それでもこの演目を楽しめたのはお幸の存在が大きい。
初見では、濡髪と与兵衛が父親違いの兄弟だと思っていて、
ざっくり解釈すればそうとも言えますが、
二人の息子の間で悩む母親というのはよく伝わりました。

歌舞伎の老け役は派手な役どころではないのですが、
出過ぎず、下がり過ぎず、うまいなぁといつも思います。
大好きな老け役の役者さんたちも次々と亡くなれてしまい、
本当に寂しい限りです。
と、同時に新しい出会いもあるので、
誰が老け役のエキスパートになるのか楽しみなところです。

衣装について

お早の衣装は、紺縞と紫地に白格子の2種類あります。
前掛けは青系のものが多く、白格子や萩の染め抜きなど。
上方と東京で違うのかなとも思いますが、俳優や座組によるようです。

前回は紺縞で描いたので、今回は白格子。
縞柄は東京型に多く、格子は上方に多いというイメージがあります。
あくまでイメージ。

お幸の衣装は、ごくごく細かい斜め格子が入っていて、
与兵衛の着流しは遠目ないし一見すると黄土色ですが、
茶色地に細かい黄土色の格子が入っています。
袴も緑一色ではなく、縞柄です。

衣装はなるべく正確に描くようにしていますが、
いかんせん手描きなのでどうしてもムラが生じます。
それならばとデジタルで細部を描いてみたことがあるのですが、
そこだけピントが合い過ぎて、絵のバランスが崩れてしまいました。

着物は無地に見えても、細かい柄が入っていたり、
織が入っていたりするので油断できません。
その柄や織が、光を反射して複雑で繊細な陰影を生み出します。
手描きのムラは、着物の繊細な陰影と解釈し、
手描きの範囲で再現するようにしています。
絵画は写真とは違います。
衣装の完璧な再現ではなく、
衣装の風合いを捉えて描けたらと常々思っています。

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