描かれている人物
AKPC24
赤枠上段:(左から)母おさわ、芸者小菊、妹おかち、豊島屋女房お吉
下三点:河内屋与兵衛
絵の解説
右:「ああしんど 、一日中歩き回ったとて売り上げは新地の酒の一ト雫や」
左:「河内屋与兵衛も男じゃ あてがある」
返済を迫る金貸しに対して明け方までに返済するとうそぶく与兵衛。
左から:母親にどつかれた後、髪型を整える与兵衛、
徳庵堤での小菊、
徳庵堤で与兵衛に声をかけるお吉、
左から:兄を庇う妹おかち、与兵衛を説教する母おさわ
あらすじ
「女殺油地獄」近松門左衛門 作
主な登場人物と簡単な説明
・河内屋与兵衛(かわちやよへえ)
大坂本天満町の油屋河内屋の次男。
店の金で遊んでばかりの不良青年。
口入屋から遊ぶための金二百匁を父・徳兵衛の謀判(偽の印)で借りており、
返済の期日が迫っている。
返済できなかった場合は手形の額面一貫匁が徳兵衛の債務となる。
・豊島屋女房お吉(おきち)
豊島屋(てしまや)七左衛門の女房。河内屋の筋向かいにある同業者。
三人の子持ちでしっかり者。夫婦仲も良い。
親切心が仇となる。
・おさわ
与兵衛の実母。武家の出身。
先代の没後、店と二人の息子を守るため番頭の徳兵衛と再婚する。
・おかち
おさわと徳兵衛の娘。与兵衛とは父親違いの妹。気立の良い優しい娘。
婿をとって河内屋を継ぐことになっている。
・小菊(こぎく)
曽根崎新地の芸者。与兵衛の馴染み。
他、河内屋徳兵衛、河内屋太兵衛、山本森右衛門、豊島屋七左衛門などがいます
あらすじ
徳庵堤茶店
野崎参りの人たちで賑わう徳庵堤(現在の東大阪市)。
大坂・天満の油屋河内屋の次男・与兵衛は馴染みの遊女の小菊を巡って、
田舎客と騒ぎを起こし、高槻家の御代参・小栗八弥に泥水をかけてしまう。
与兵衛の伯父で、
高槻家の徒士頭・山本森右衛門に捉えられるが主人の八弥がとりなして与兵衛を見逃す。
難を逃れた与兵衛は、
通りかかった同じ町内に住む豊島屋の女房・お吉に喧嘩で汚れた着物を濯いでもらう。
その一件を知ったお吉の夫・七左衛門は、与兵衛を警戒し、
あまり世話を焼かないようにとお吉をたしなめる。
河内屋内
番頭あがりの父・徳兵衛が与兵衛に遠慮がちなのを良いことに、放蕩三昧。
実母のおさわは、徳兵衛への義理建てから
家督は娘のおかちに継がせることにしているが、与兵衛はそれも気に入らない。
おかちに仮病をつかわせ、自分が家督を相続できるよう策を巡らすが失敗する。
与兵衛は、彼を諌める母はおろか、義父や妹にまで暴力をふるう。
たまりかねた母は勘当を言い渡し、家から追い出す。
豊嶋屋油店
勘当されて途方に暮れる与兵衛の元へ、金貸しが返済を迫りにくる。
期日は明朝。
返済できなければ、借金は義父・徳兵衛の債務となり、町内に公表すると告げる。
必ず返すと金貸しを追い返す与兵衛だったが当てはない。
ふと見れば豊島屋に義父の姿。
与兵衛は物陰に隠れる。
与兵衛の身を案じる徳兵衛は、お吉の元へ金を届けに来たのだった。
そこへ母・おさわもやってきて、お吉に金とちまきを預けて立ち去る。
両親が立ち去るのを見て、与兵衛は豊島屋をたずねる。
お吉から両親が預けた金を受け取るが、返済には到底足りない。
自暴自棄になった与兵衛は、お吉に借金を迫る。
が、夫から親切のほどほどにしろとたしなめられており、お吉は頑なに金を貸さない。
逆上した与兵衛はお吉を殺し、金を奪う。
私のツボ
絶望の先にある虚無
なんとも救いようがない、の一言に尽きる演目。
与兵衛の無軌道さは現代的ともいえ、
彼の行動ないし人物像はあらゆる角度から様々に分析できることでしょう。
与兵衛の家庭事情や環境、当時の時代背景や風俗、大坂という土地柄などなど、
現にさまざまな考察がなされておりますので、
そこは専門家に譲ります。
この救いようのない話ですが、上演されると必ず見に行ってしまいます。
後味が悪いので好きとは言い難いのですが、
与兵衛という人物の狂気に触れたいからかもしれません。
私が一番好きな場面は、花道で金貸しに応じるほっかむり姿の与兵衛。
スチールでもよく見かける写真です。
この時の表情が、役者によって微妙に違います。
とりわけ仁左衛門さんの与兵衛は、強がっているわけでもなく、
冷静で落ち着き払っていて、眼から心情が読み取れない。
平静を装う力みや、狂人の凄みや、殺人者の闇も感じられない。
虚無という言葉が相応しく、
カツーンと乾いた音がしそうな、その空っぽさが恐ろしい。
非常に印象に残っています。
この場面での与兵衛は脇差を差していますが、この脇差は、
すでに改心していて、進退究まった際に自害する用意とする解釈と、
あらかじめお吉を殺害して金を強奪する計画だったとする解釈があるようで、
その違いによる表情の違いだろうと思います。
与兵衛をめぐる女たち
そんな闇を抱えた与兵衛ですが、
ただの金持ちのぼんぼんで、
根っからの悪人ではなさそうです。
意思が弱くて流されやすい。
女好きといっても色情狂のようなエネルギーはなく、
遊郭の浮ついた空気が好きなだけだろうと思います。
ただただ無責任に遊んでいたい、
大人になりきれない子供といったところでしょうか。
文句を垂れつつも、天秤棒を担いて終日仕事をしているので、
何かしら軌道修正できなかったものかと思えてなりません。
強い父という存在がいないがゆえに、増長してしまった与兵衛。
義父は元番頭で自分に遠慮しているのがわかる。
伯父は侍なので住む世界が違う。
そして強い父の代わりにいたのが優しい女たち。
図らずも、彼女たちの優しさが与兵衛の心の闇をより暗く深くしていく。
というような構図です。
その後の顛末
与兵衛は奪った金で借金を返済し、小菊と遊び回る。
徳庵堤の一件の責任を負って浪人となった伯父の森右衛門は、
与兵衛を諌めようと追いかけ回している。
お吉の三十五日の逮夜の日、与兵衛が豊島屋を訪れると、
天井のネズミが暴れた拍子に血のついた紙片が落ちてくる。
その紙切れには与兵衛の署名があり、犯行の証拠となった。
駆けつけた伯父・森右衛門の手で逮捕される。
連行されていく与兵衛を、母おさわ・義父・おかちが見送るのだった。
ーーー
滅多に上演されませんが、
一度だけ金毘羅歌舞伎で見たことがあります。
率直な感想としては、結末がわかってスッキリした反面、
曖昧な方が良いこともあるわいなということ。
新地で遊び回る与兵衛を見ると腹立たしく、
与兵衛を見送る家族の姿が切ない。
正義の鉄槌がくだってめでたしめでたしとはいかず、
余計後味が悪くなってしまったので、
いつものように油まみれで混沌としたまま、
わけのわからないまま終わるのが一番良いように思いました。
悪い夢を見たんだ、とかえって納得がいくようです。
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