KNPC225 「新版歌祭文 野崎村の段」

かぶきねこづくし

描かれている人物

赤枠左:お光
赤枠右:(左から)お染、久松
下:久作宅裏手

絵の解説

大根を切る手を止めて、手鏡をみながら髪を直すお光(修正前)

原画

久松からお染宛の置き手紙を見せて久松をなじるお染(修正前)

原画

久作の家の裏手
梅の花が咲き、上手の梅の木には奴さんの凧が引っかかっている

原画

あらすじ

新版歌祭文 野崎村の段 作・近松半二ほか

主な登場人物と簡単な説明

・お光(おみつ)
久作の妻の連れ子。許嫁の久松を兄と慕っている。

・お染(おそめ)
大坂瓦屋橋の質店油屋の娘。裕福な家の箱入り娘。
十六歳。
久松と恋仲になり、子供を身籠もっている。

・久松(ひさまつ)
和泉の国石津家の家臣相良丈大夫(さがらじょうだゆう)の遺児。
乳母の兄である百姓久作の養子として育てられた。
十歳の時に大坂油屋へ丁稚奉公するが、油屋の娘・お染と深い仲になる。

そのほか、久作、後家お常、下女およし などがいます

あらすじ

大坂の質店油屋の娘・お染と丁稚の久松は相思相愛の仲だが、
身分が違うため許される関係ではなかった。
お染に横恋慕する山家屋左四郎は久松に横領の罪を着せ、油屋から追放する。
久松は実家に帰され、養父・久作の計らいでお光と結婚することになる。

お光は自身の婚礼の準備で忙しく立ち回っている。
急に決まった祝言ながら、嬉しさが隠しきれないお光。
そこへ大坂から野崎参りを口実に、お染が久松を尋ねてくる。
お光はひと目で久松の恋人と察する。

死ぬ覚悟のお染と久松に、
久作はお夏清十郎の歌祭文を引き合いに出して意見する。

二人の決心を知ったお光は、自ら尼になって身を引く。
お染の母・お常がお染を迎えに来る。
久松の疑いが晴れたので連れて帰ることになるが、
人目を憚って、お染は舟で、久松は駕籠で帰る。

一行の姿を見送ったお光は、久作に縋り付いて泣き崩れる。

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私のツボ

梅の木の奴凧

浄瑠璃の本文を読むと、
「年の内に春を迎へて初梅の、花も時知る野崎村」
とあることから、旧暦の正月より前に立春を迎えたということで、
まだ暦の上では年の暮れです。
久作曰く、「とりわけ今年は早う咲いたこの梅」、梅が咲き誇っています。

大詰、盆が回って久作の家の裏手になると、上手に梅の木があり、
そこに奴凧が引っかかっています。
年の瀬に、子供達が凧遊びをして引っかかってしまったのでしょう。
大人たちは正月の準備で忙しくて凧を取るのもままならず、
子供達はそのまま帰ってしまったのでしょうか。

大坂の町中と違って、野っ原が広がる郊外の、のどかな情景で、
そこには久作とお光たちの生活があり、
彼らの平和な日常があった、ということを改めて認識させられます。

その凧が梅の木から誰かの手によって下ろされる時、
お光はもう家にはいなくて、
老夫婦で二人正月を過ごしているのだろうか、
など想像が膨らみます。

浄瑠璃の本文には凧は出てこないので、
おそらく歌舞伎上演時に誰かが小道具として設置したのでしょう。

いつか絵に描きとめておきたかった情景です。

三人のアンサンブル

後日談としてお染と久松は心中してしまうので、なんともやりきれない話です。
誰も浮かばれないし、誰かを責めても仕方がない。
救いのない話なのですが、上演されるとつい見てしまう。

何が見たいかというと、それぞれの性格とアンサンブル。

お染は嫌味にならないギリギリのラインのお嬢様の天然っぷり。
お光を使用人と間違えることも、
土産に芥子人形が入った小さな小箱を渡すのも、
そこに悪意はありません。
演じ方によっては、嫌味な女に見えるのですが、
嫌味を微塵も感じさせず、お染ちゃんなら仕方ないよね、と思わせてほしい。

お光は、元気いっぱいで可愛くて健康的な田舎娘。
これも演じる俳優さんで、それぞれ微妙に違っていて面白いです。

そしてこの対極的な二人をまとめるのが久松。
やや憂いがちな優男、出過ぎず引っ込み過ぎず、程よい存在感が難しい。

この三人のアンサンブルがうまく噛み合うと、
やりきれない悲劇という野崎村の真骨頂を味わうことができ、
思い通りにいかないのが人の世ね、と目頭が熱くなるのでした。

修正箇所

左:お光の手拭いの位置を修正、
右:お染の簪を修正

原画

久松の衣装の柄を修正
よろけ縞は特定の役者の衣装とのことで青紺の縞に修正指示。
藤十郎さんの衣装かな?とも思ったのですが縞の時もあり、
八代目芝翫さんが橋之助時代に久松を演じたときはよろけ縞で、
二代目澤村藤十郎さんもよろけ縞。
結局誰なのかは分かりませんが、青紺の縞が基本形のようです。
丁稚なのによろけ縞というのはやや分不相応な気もしますが、
よろけ縞と言えば、「すし屋」の平維盛。
お里とお光が重なります。
女に惚れ込ませてしまうジゴロ系色男
という久松の本質をついた衣装とも言えます。

ちなみに膝の上で重ねた手のひらの、
左手小指が出ているのがポイントです。
あくまでそっと手のひらを重ねるだけ、
はみ出た小指に久松の色気が感じられます。

久松に限らず、歌舞伎の優男は指先の動きが繊細で、
と言って女形とはまた違う独特の所作。
それを見るのも歌舞伎観劇の面白さの一つです。

原画

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