お蔵入り「KNPC227 伊勢音頭恋寝刃」

お蔵入り

描かれている人物

赤枠左:正直正太夫(「太々講」)
赤枠右:今田万次郎(「相の山」)
下:(左から)桑原丈四郎、福岡貢、杉山大蔵(「二見ヶ浦」)

絵の解説

原画

右:「相の山」
伊勢の内宮と外宮を結ぶ参道にある相の山(あいのやま)に、遊女のお岸や仲居たちらと物見遊山中の今田万次郎。コートがわりに浴衣を羽織る江戸時代のスタイル。
左:「太々講」

原画

「二見ヶ浦」
「嬉しや日の出」
鶏の鳴き声の後、夫婦岩から朝日が昇る。
その光で大蔵から奪い取った密書の文字が判読でき、貢は悪事の全貌を把握する。

あらすじ

「伊勢音頭恋寝刃」近松徳三 作

主な登場人物と簡単な説明

・福岡貢(ふくおかみつぎ)
伊勢神宮の御師(おんし)福岡孫太夫の養子。
実父が万次郎の父に仕えていたことから、万次郎のために宝刀とその折紙を探している。
養父・孫太夫の一人娘の榊は許嫁。

・今田万次郎(いまだまんじろう)
阿波国の家老の息子。
根は善人だが、意志が弱い遊び人。
紛失した宝刀青江下坂を探しているが、廓通いにふけっている。

・正直正太夫(しょうじきしょうだゆう)
貢の養父・福岡孫太夫の弟の息子。
貢を追い出して、代わりに御師になりたいと常々思っている。
女好き。
貢の許嫁・榊に横恋慕している。
実父の猿田彦太夫は蓮葉大学の家来と通じている。

・桑原丈四郎(くわはらじょうしろう)、杉山大蔵(すぎやまたいぞう)
阿波藩主の弟でお家乗っ取りを企む蓮葉大学の家来・徳島岩次の部下たち。

そのほか、お岸、奴林平、徳島岩次、榊、お峰などがいます。

「油屋」「奥庭」の登場人物はこちらをどうぞ
KNPC143 伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)

あらすじ

相の山
阿波国を治める蓮葉家では、当主の叔父・蓮葉大学が国横領を企み、お家騒動が勃発寸前で、
家老の今田九郎右衛門が必死で君主を守っていた。
だが、将軍家に献上する宝刀・青江下坂(あおえしもさか)とその折紙(鑑定書)が紛失中である。

家を護るためにも宝刀の奪還は必須で、九郎右衛門の息子・万次郎が父の命を受け、伊勢に捜索に来ていた。

だが、万次郎は廓遊びを覚えてしまい、古市の遊女・お岸にいれあげて、
今日も馴染みの女郎たちと相の山に物見遊山に繰り出していた。

万次郎に仕える奴・林平が諌めるが聞く耳を持たず、
一度は手に入れた刀も遊ぶ金欲しさに質入れしたことが露見する。
手元には折紙があるのみで、途方に暮れる二人に怪しげな侍と御師が声をかける。
侍に折紙を偽物にすりかえられてしまうが、万次郎たちはそれに気がつかず立ち去る。

侍たちは、お家乗っ取りを企む悪人方の一味であった。

宿屋
妙見町の旅籠山田屋。
万次郎の伯父・藤波左膳は、家来筋の福岡貢に万次郎の保護と宝刀の詮議を頼む。
そこへ万次郎、林平がやってきて、折紙を確かめるが偽物と発覚する。
万次郎の家来・丈四郎と大蔵は実は蓮葉大学の一味で、
同じく一味の徳島岩次に密書を渡そうとしていた。
その様子を林平に見咎められ丈四郎と大蔵は逃げ出し、林平は後を追う。

貢は万次郎を連れ、二見ヶ浦の知人の元へ向かう。

追い駆け、地蔵前
丈四郎と大蔵を追い駆けてきた林平。
揉み合ううちに、密書は二枚に破れてしまう。
大蔵は井戸の中に、丈四郎は地蔵になりすますが、林平に見破られる。

二見ヶ浦
夜明け前の七ツ半。
万次郎を連れた貢は二見ヶ浦に差し掛かる。
そこへ林平に追われてきた丈四郎と大蔵に闇の中で出会う。
闇の中で探り合ううち、密書の残り半分を奪うが、暗くて宛名が読めない。

折よく鶏が鳴いて日が昇る。
貢は朝日に密書をかざし、宛名と差出人の名を確かめる。

そして、
”徳島岩次を使って万次郎に罪をこしらえ九郎右衛門を蟄居に追い込んで今田家を乗っ取る”
という蓮葉大学の企みを把握する。

太々講
福岡孫太夫の屋敷。
孫太夫は不在で、弟の彦太夫が太々神楽をあげていた。
そこへ貢に会いに遊女のお紺がやってくる。
皆の手前、貢は伯母と言いつくろうが、本当の伯母のお峰が尋ねてくる。

お峰は持っていた刀を貢に渡す。
それは青江下坂であった。

お峰は、貢が青江下坂を探していると知り、苦労してなんとか手に入れたのであった。
そして、貢の祖父がこの刀の妖力のせいで人を殺して切腹、
実父は鳥羽に移住して命を落とす羽目になったと刀の因縁を語る。

一方、貢が気に入らない彦太夫と正直太夫は、福岡家の乗っ取りを企んでいた。
太々講の積立金百両を正直太夫が盗み、その罪を貢に負わせようとしていた。
ところがその企みを知ったお峰が金の隠し場所を見つけ、企みが露見する。

そこへ金貸しの胴脈金兵衛が現れ、お峰に青江下坂の代金を払えと騒ぎ立てる。
お峰は彦太夫から取り戻した百両を渡す。

これで刀は貢のものとなり、貢は万次郎に渡すべく急いで古市へ出発する。

「油屋」「奥庭」のあらすじはこちらをどうぞ
KNPC143 伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)

私のツボ

「二見ヶ浦」の衣装について

今回(2024年3月)の上演では、貢を務めるのが幸四郎さんで、
2017年にも貢役で「伊勢音頭恋寝刃」を通しで上演されています。
その時の「二見ヶ浦」の衣装を参考にしました。

2015年の国立劇場での通しの時は、貢は梅玉さんでした。
この時の「二見ヶ浦」では、丈四郎と大蔵の衣装が違います。

貢の衣装は、どちらも同じ黄八丈の着流しのように見えますが、帯の色が違います。

そこで衣装を調べると、「二見ヶ浦」での衣装の違いは、
東京式:黄八丈か吉野織の着流し
上方式:縞、小紋あるいは無地の着物の裾をからげ、あずまからげに着る。
風呂敷包を背負うこともある。
東西ともに足は紺足袋だが、鴈治郎型は素足。

と資料にありました。
さらに、「相の山」「追っかけ」での丈四郎と大蔵の衣装は、
上方の場合は横縞の四天姿とあります。

というわけで、丈四郎と大蔵の衣装は縞に決定。
貢は、かつて幸四郎さんが仁左衛門さんに貢の指導を受けたとインタビューで答えていたので、
仁左衛門さんの「二見ヶ浦」の衣装に基づいて、帯は紺地の博多帯にしました。
モノクロ写真ですが、十三代目も濃い色の博多帯を着用していたので、
紺地の博多帯は仁左衛門型の衣装と言って差し支えないでしょう。

と、本来であればこの後に監修が入るのですが、
今回は残念ながら入りませんでしたので、
実際の舞台では異なるかもしれないことを何卒ご理解ください。

「太々講」について

2015年の国立劇場での通し上演しか見たことがないので、
他に比べようがないのですが、
「太々講」だけでの上演もあることから、
それなりに人気があった場のようです。
資料がないので、2015年の上演時の衣装を参考にしました。

青江下坂が貢の手にわたる重要な場面なのに、
三枚目の正直正太夫の方が目立ってしまい、
そこがまた歌舞伎らしくて面白いところです。
重要な案件がいつの間にか片付いていたり等、よくあるパターンです。

貢を得意とし、正太夫も演じた十三代目仁左衛門によりますと、
「太々講」のみ貢はつっころばしで演じるそうです。
他の場はご存じピントコナ。

この貢の性格の違いは、作者が急いで書いたため、
近松門左衛門の『長町女腹切』の筋立てにそっくりそのまま嵌め込んだから、
というのが定説のようです。
身も蓋もない理由で、これまた歌舞伎らしくて好きです。
やっつけ、思いつき、アドリブが積み重なって磨き上げられていく伝統芸能
というのもそうそうないと思います。
これは褒め言葉で、
計算の先にある無意識や直感にこそ芸術の本質が宿る、というのが私の持論です。
歌舞伎に関わるあらゆる人々の欲で照り輝く生きた芸事といえましょう。

「太々講」のドタバタ喜劇は、さながら吉本新喜劇のようで、
上方における笑いの歴史というものを感じさせられる場です。

正太夫の右頬に黒子がついていますが、これは国立劇場上演時の演出に基づきました。

「伊勢音頭」通し雑感

「伊勢音頭恋寝刃」は大好きな演目の一つで、
好きな理由の一つが登場人物それぞれに奥行きがあること。
特に好きな役柄は万野。
貢は演じる俳優さんによって味わいが異なり、それも面白さの一つです。

通し上演は数回しか見たことがありませんが、通しを見ることで、
ぼんやりしていた万次郎のキャラクターが際立ったことが何よりの収穫です。

特に「相の山」での放蕩っぷりは、なんというか人間くさくて、
だらしない人間なのですがむしろ好感度が増してしまいました。
遊ぶ金欲しさに探していた刀を質に入れてしまうなど、
武士にはあり得ないことをやらかしてしまうこの弱さ。
武家の出でありながら、まごうことなき”ぼんち”。

さらに正直正太夫と彦太夫も胡散臭くて、
今も昔もいるよねこんな人、という感じで
ここは大阪人らしい神職への皮肉かなと穿ってしまいます。

通し上演になったからといって貢の新たな側面が見られるかというとそうでもなく、
許嫁がいながらお紺に入れ上げてたの?!と新事実も発覚し、
奴林平以外はどいつもこいつも欲にまみれた
非常に人間味あふれる役柄であることが分かります。

私が通しを見て一番ずっこけたのは、
貢が苦労して青江下坂を手に入れたのではなく、
伯母が持ってきてくれたということ。

しかしながら、これも青江下坂の妖力によって、
貢の手に渡るような因縁であったとも言えましょう。

通しで見ると、見えなかった細部が見えるので、より面白いです。

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