絵の解説
お富の様子を伺う与三郎
藤八その1
藤八その2
私のツボ
お蔵の理由
蝙蝠安と多左衛門の家を一旦引き上げ、せしめた金を安と山分けした後、一人でお富の家に戻ってきて様子を伺う与三郎。
当初はこちらの与三郎を配置していましたが、石でおはじきをする与三郎にしてほしいと監修より指示があったので、差し替えました。
理由としては、中の様子を伺う場面では「源氏店」の場面と分かりづらいこと。
藤八はお馴染みの化粧をされる場面を描きましたが、
猫だからかどうか何をしているところなのか分かりづらく、下心丸出しでお茶を飲む場面を追加。
結局、入る余地がなくてお蔵入りになりました。
歌舞伎の演目には「いるよねこんな人」がよく登場します。
好き嫌いはさておき、つい親近感を抱いてしまう。
えてして小物枠に多く、藤八もその一人。
美男美女の色模様を程よく中和してくれる役どころ。
酒井抱一(さかいほういつ)
およしを使いに出して、お富と二人きりになった藤八。
下心が隠しきれないのか、調度をやたら褒める場面があります。
床の間の掛け軸をみて、「軸は抱一ですなぁ」。
この抱一とは酒井抱一のことで、私も大好きな絵師です。
江戸琳派の絵師で、「夏秋草図屏風」が有名ですが、
かの「風神雷神図屏風」の裏に描かれたから有名というのが正しいような気もします。
端正で上品な作風で、四季の花や樹木を描くのを得意とし、
絵の他に、扇子や蒔絵などの工芸品の図案も手掛けました。
当時(江戸後期)売れっ子作家だったこともあり、作品も多く残っています。
朝顔図屏風で有名な鈴木其一は抱一の弟子です。
クセの強い若冲や丸山応挙とは違い、抱一の作品はソツがなく、
インテリアや小物や装飾具としても馴染む作風は画家というよりプロダクト・デザイナーのようで、
ウィリアム・モリスを彷彿とさせます。
俳諧や書にも通じていた抱一。
当時のプチブル的生活のインテリア小物の代表格ともいえましょう。
間の取り方が心地よく、環境音楽のような独特の空気感があって大好きです。
「源氏店」の抱一の掛け軸は、多左衛門の裕福さと趣味の良さを示しつつ、
藤八の”通人”ぷりをアピールする小道具となっているのですが、
当のお富さんにはまったく響いていないどころか完全に無視されているのが可笑しい。
「与話情浮名横櫛」フルバージョン
もともと『与話情浮名横櫛』は八幕三十場の長い脚本でした。
「源氏店」以降の物語後半は、現在ではほぼ上演されません。
お家騒動が絡み、妙薬の奇跡もあったりと、歌舞伎お約束の展開です。
原作バージョン
そもそも…
与三郎の実家は千葉家の家臣の穂積隼人の息子。
双生児の弟だったため、元山町の小間物屋伊豆屋に養子に出された。
なお、双子の兄の名前は左近。
穂積家が預かっている千葉家の家宝・真鶴の香炉が紛失し、
穂積家は存続の危機に陥る。
家宝紛失には、穂積家悪臣の山鹿毛平馬と、赤間源左衛門が関わっていた。
というお家騒動が背景にあります。
木更津見染から源氏店までは同じ展開。
赤間別荘の場に、平馬が出てきて源左衛門と悪だくみの話をする場面がありますが、丸ごとカット。
平馬は源左衛門以外と絡まないのでカットしても問題なし。
三年経過して「源氏店」。
番頭に呼ばれて多左衛門は立ち去り、お富が一人残される。
原作ではまだ実の兄妹とは明かされない。
ちなみに真鶴の香炉は多左衛門が大番頭をつとめる和泉屋にある。
話を戻して、
台所に忍んでいた藤八がお富を襲おうとするが与三郎に阻まれる。
藤八が持っていた手紙から、海松杭の松の兄であることが判明。
併せて赤間一味の悪事(家宝をめぐるお家騒動)と家宝のありかが発覚する。
さらに与三郎の刀傷の妙薬(南蛮秘薬・アタリマンス)が見つかる等、
物語後半の伏線が色々ある。
藤八をネタに和泉屋を強請る算段をするお富と与三郎。
お富と与三郎は和泉屋に強請に行く。
そこでお富と多左衛門が兄妹と分かる。
(ここでお富と与三郎が夫婦になる演出もある)
その後、与三郎は悪事を重ね、源左衛門の策略で殺人の罪を着せられ、島流し。
「嶋廻色為朝(しまめぐりいろのためとも)」という常磐津の所作事があり、与三郎は島を脱出。
島抜けした与三郎が、養父の伊豆屋喜兵衛に会いに行くが下男に意見されてそっと姿を見る「元山町伊豆屋の場」。
平塚の土手で与三郎が赤間源左衛門と再会する世話だんまり。
一方、お富は観音久次という男と所帯を持って品川で手拭屋を営んでいる。
そこへ与三郎がたまたま現れ、奇しくもお富と再会。
観音久次は穂積家の家来筋に当たり、与三郎の素性を知った久次は藤八が持っていた秘薬の効能を思い出し、自らの血を差し出す。
辰の年月日が揃った男の生き血を混ぜて飲めば、あらゆる金瘡古傷をも癒すという効能。
久次の死と引き換えに与三郎の傷は癒え、穂積家再興へと勇み立つのでした。
幕
——-
「嶋廻色為朝」は女護が島にたどり着いた源為朝が島の女たちと色模様を繰り広げる、という夢を見た与三郎。
島抜けをした与三郎は最寄りの離れ島で寝ていた。
目を覚ますと手紙が流れてきて、折よく日が昇り手紙を読むことができ、江戸へ帰る決意を新たにする。
「汐汲」と「伊勢音頭」の「二見浦」を混ぜたような内容で、戦前はそれなりに上演されていたようです。
「元山町伊豆屋の場」は「新口村」、
大詰の観音久次は「合邦辻」に似たような内容で、歌舞伎の得意技”ないまぜ”がふんだんに使われています。
果たしてこれが面白いかどうかというと、微妙なところで、
鶴屋南北大先生のようにもっとオカルト路線を強めたら面白いものになるかもしれません。
が、好みは大きく分かれるでしょう。
そもそも「源氏店」で再会したお富与三郎は復縁とならず、悪巧みで一時的にタッグを組むというなんとも殺伐とした展開です。
「赤間別荘」で斬りさいなまれた与三郎はすっかりスレてしまい、鬼薊清吉ばりの小悪党になっています。
お富与三郎の色模様と粋な江戸の風情に絞った先達の判断は正しい。
コメント