描かれている人物
AKPC20
赤枠上左:おかる
赤枠上右:鷺坂伴内
下:(左から)おかる、寺岡平右衛門、斧九太夫、大星由良之助
絵の解説
酔い覚ましに二階の出窓に出てきたおかる
上方の演出では、胴抜きの衣装に団扇ではなく懐紙を手にしています。
由良之助の錆だらけの刀を見て驚く伴内
上方演出の幕切
中央の二重屋体の上は由良之助のみ。
屋体にかかる梯子は石の階段。
あらすじ
「仮名手本忠臣蔵」七段目
主な登場人物と簡単な説明
・大星由良之助(おおほしゆらのすけ)
塩谷判官の元家老。
敵を油断させるため、祇園の茶屋で放蕩三昧している。
・おかる
勘平のために祇園に身売りして遊女として働いている。
・寺岡平右衛門(へいえもん)
おかるの兄。塩谷家の元足軽。
刃傷事件の際は東国へ使いに行っていた。仇討ちの一味に加わりたい。
・斧九太夫(おのくだゆう)
塩谷家の元家老。師直側に寝返りスパイとなって由良之助を探っている。
・鷺坂伴内(さぎさかばんない)
高師直の家臣。
斧九太夫と協力して由良之助を偵察している。
他、三人侍、大星力弥などがいます。
あらすじ
「一力茶屋」
判官の刃傷事件から半年。
塩谷浪人へ世間の同情と仇討ちの期待が高まっている。
そんな中、大星由良之助は、敵を欺くために祇園で放蕩三昧の日々を送っていた。
おかるの兄・寺岡平右衛門は、仇討ちに加えてもらいたいと訪ねてくるが、酔った由良之助は寝てしまい相手にされない。
師直の家来・鷺坂伴内と内通している斧九太夫は、由良之助の本心を探っている。
由良之助を挑発しても軽くあしらわれるばかりで疑念は晴れず、九太夫は床下に潜んで様子を伺うことにする。
そこへ息子の力弥が人目を忍んで由良之助に顔世御前の密書を届けにくる。
宴席から離れ、縁側で密書を読む由良之助。
たまたま二階で涼んでいたおかるが、床下では斧九太夫が、密書を盗み読みしていた。
そうと知った由良之助は、おかるに身請け話を持ちかける。
おかるが身請け話を喜んでいると、兄の平右衛門がやって来る。
口封じのため殺されると気づいた平右衛門は、どうせ殺されるなら兄の手にかかって死んでくれ、仇討ちに参加するために手柄を立てさせてくれと頼む。
兄から父と勘平の死を聞いたおかるは悲しみのあまり癪を起こし、平右衛門に命を差し出す。
そんな兄妹の気持ちを知った由良之助は、おかるに刀を持たせ九太夫を突き刺し、死んだ勘平のかわりに仇討ちを果たさせる。
そして平右衛門を四十七士に加える。
私のツボ
上方の演出
人形浄瑠璃が原作の丸本物の場合、上方と関東型で演出や衣装が異なることがあります。
上方は浄瑠璃の演出に忠実な場合が多く、写実的演出であると一般的に言われています。
対する関東型は様式的演出と言われます。
その違いは「こうあるべき」という厳密な型ではなく、あくまで役者本位で変わっていくもののようです。
上方型と関東型がミックスされてまた違う演出になったりと、伝統芸能といえども時代に合わせて変化していくのは興味深いものです。
物語が同じでも、演出が異なると受ける印象も変わるので、舞台は面白いなと思います。
おかるの衣装
襟、袖、裾に別の布を縫い合わせた着物で、打掛の下に着ます。
打掛から見える部分だけ、凝った生地になっていて、隠れる部分は軽い襦袢の生地。
着膨れもしないし、着物代も抑えられる合理的な衣装。
「吉田屋」の夕霧、「壇浦兜軍記」の阿古屋、「直侍」の三千歳、「封印切」の梅川などなど。
遊女の部屋着なので、生活感が漂うような色気があります。
そのせいか、上方のおかるにまだ六段目の名残があるような、田舎娘の素人くささが残っているように感じます。
物語を繋げる繊細さとでも言いましょうか、あくまでも六段目があっての七段目であること。
この辺の細かい描写が上方の写実主義なのかなと思います。
さらに深読みをして、客前では見せない遊女の姿を出すことで、生々しい色気を出そうとしたのかな、とも思います。
言うなれば遊女の無防備な姿をあえて人前に晒すような、やや変態的な演出と深読みもできましょう。
上方特有のねちっこい色気は、細かいこだわりから生まれるのかもしれません。
幕切
上方と関東型の大きな違いは、おかるの位置で、座敷(二重屋体)に上がるか下がるかの違い。
おかるが屋体の上で由良之助に寄り添うのが関東型、
下手側の所作台(舞台の上)で控え目な見得をするのが上方。
平右衛門の位置は、上手寄りの場合もあり、その時々によるようです。
大道具の都合や、俳優の都合などなど。
由良之助は、上方は扇を掲げる型。
関東は袋手の場合もあれば扇を掲げる場合もあり、
さらにおかるの位置も左だったり右だったりと一定ではないようです。
大道具も上方は若干異なっており、
まず二重屋体(中央の座敷)にかかる階段が、関東では白洲梯子、上方では石段になっています。
石段の方が廓っぽいから、と十三代目仁左衛門談。
この二重屋体の高さも関東と上方では異なり、関東は高足、上方は中足と関東の方が約20cm高いです。
といってこの演出も絶対ではなく、そこはフレキシブルで、その時々の事情で変わるようです。
見得や型はある程度のルールがあり、そこに俳優の身体という個性が加わって、その人固有の表現形態になります。
だからこそ同じ見得でも人によって微妙に異なり、そこが歌舞伎の面白さでもあります。
大道具や演出は、あくまで歌舞伎俳優の受け皿に過ぎないので、一定のルールはあるにせよ、自ずとそこは演じる人間の身体が優先されます。
上方の演出による七段目も、いつか消えるかもしれないし、消えないかもしれない。
伝統芸能といえどもナマモノである以上、それは誰にも分かりません。
記憶の断片として描いておきたかった一枚。
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