AKPC16 「毛剃(けぞり)」その2

もうひとつ

描かれている人物

毛剃九右衛門
小女郎と小松屋宗七
九右衛門と手下たち

絵の解説

大仕事を終え、奥田屋でご満悦の九右衛門
緑色のビロードの着付に、帯留は珊瑚礁

原画

宗七の髪梳きをする小女郎
小女郎の衣装は胴抜きに博多帯を入山結び
女が愛する男の髪を梳く場面は歌舞伎でもお馴染みの場面。
ただ髪を梳くだけの場面ですが、指先や視線など細かい動きで恋人達の情感を描き出します。
”しっぽり”という形容詞が合う場面。

原画

宗七に襲い掛かろうとする手下たちを押し留める九右衛門
さながら勧進帳のよう。
前列:九右衛門
後列(左から):浪花屋仁三、じゃがたら三蔵、加田市五郎、小倉伝右衛門、徳島平左衛門、中国弥平次

原画

奥田屋からの眺め

原画

あらすじ

主な登場人物と簡単な説明

・毛剃九右衛門(けぞりくえもん)
海賊の首領。抜荷買い(密貿易)をしている。

・小松屋宗七(こまちやそうしち)
京の商人。長崎の生まれ。
商用で筑前へと京を行き来している。

・傾城小女郎(けいせいこじょろう)
博多柳町の遊女。宗七とは深い仲。

他、奥田屋女房お松など

あらすじ

近松門左衛門 作「恋湊博多諷(こいみなとはかたのひとふし)」
序幕 文字ヶ関元船の場
月が美しい秋。
長門国、文字ヶ関の沖合。
海賊の親分・毛剃九右衛門の大船が停泊し、大量の荷物を積んだ仲間の船を待っている。
抜荷買い(密貿易)が首尾よく運ぶか心配する九右衛門の気を紛らそうと、子分たちが船の乗客を酒の席に呼ぶ。

九右衛門たちが密貿易をしていると知らずに船に乗せてもらった宗七。
長崎の名所などを話すうち、博多柳町の傾城小女郎との惚気話を始める。
偶然にも九右衛門も小女郎に入れ込んでおり、その話を聞いて途端に機嫌が悪くなる。
気まずくなった宗七は船室に戻る。

やがて仲間の船が到着し、九右衛門たちは異国の珍しい品々を運び込む。
その様子を目撃してしまった宗七は、口封じのために海へ放り込まれる。

抜け荷が済むと、九右衛門は舳先に立って汐の流れを見つめる。
一方、宗七は小舟につかまって命拾いする。

二幕目 博多柳町奥田屋の場
宗七は博多柳町の奥田屋に忍んでやってくる。
小女郎の禿(かむろ)が見つけ、小女郎は密かに宗七を店に匿う。

奥田屋に九右衛門たちがやってくる。
九右衛門は傾城や仲居たちに高価な品々を気前よく振る舞う。
奥田屋女将のお松は、上客の九右衛門を手厚くもてなし、宴の用意をする。

同髪すきの場
自室で宗七の髪をすいていた小女郎は、一文無しになった宗七のために客に身請けの金を借りようと思いつく。

同奥座敷の場
小女郎の借金を快諾する九右衛門。
喜んだ小女郎が宗七に礼を言わせようと座敷に連れてくる。

思いがけない再会に驚く宗七と九右衛門たち。
九右衛門は、小女郎のためにも仲間に入るようにと惣七を説得する。
宗七がこれを承諾すると、九右衛門は小女郎や他の傾城たちの身請け代の手形を女将に渡す。

そこへ客改めの役人が来たという知らせが入る。
慌てる九右衛門たちだったが、別件と分かって安堵する。
そして宗七や小女郎を交えて賑やかに引き揚げていくのだった。

私のツボ

オシャレな九右衛門

海上での出来事を前半とするならば、こちらは奥田屋が舞台の後半。
後半も異国情緒満載で、茶屋の内装も江戸や上方とは異なります。
欄干にはラーメンどんぶりなどで同じみの四角い渦巻き模様。
正式名称は雷紋(らいもん)。

窓から下がっているのは宮燈こと中華ランタン。
ランタンに描かれている模様は、水仙と牡丹とソテツ。
ソテツ模様は異国情緒を醸し出す象徴的な植物です。
「天竺徳兵衛異国噺」にも出てきます。

そして特筆すべきは更紗模様の着流し。
親分の九右衛門は派手な紅色で、子分達は控えめな紺色の更紗。

よく歌舞伎の紋様を使ったテキスタイルなどが販売されますが、ぜひこの更紗模様の生地がほしい。
願わくばシルク。
シャツとパンツの涼し気なセット・アップを作りたい。
インドネシアのバティックのような軽いレーヨンでも良いです。
その場合はワンピースかスカート。

緑のビロードに珊瑚の帯留も派手でインパクトがありますが、やはりオシャレという点で更紗文様が勝ります。
九州が舞台の歌舞伎演目は衣装や舞台美術が異国情緒たっぷりでそれを見るのも楽しい。

じゃがたら

密貿易を家業としている九右衛門は、侠客ではありませんが、太っ腹で面倒見が良い性格は幡随院長兵衛や新門辰五郎を彷彿とさせます。
男伊達の親分は数名の子分を従えており、「毛剃」では六名の子分が登場します。
この子分達の名前が遊び心なのかやっつけなのか、面白い名前が多く、子分たちが出てくると名前をチェックするのが楽しみです。

「毛剃」の子分たちは、
浪花屋仁三
じゃがたら三蔵
加田市五郎
小倉伝右衛門
徳島平左衛門
中国弥平次

と、土地柄を彷彿とさせる名前です。
加田の市五郎は何由来なのか不明。
浪花屋仁三は歌舞伎ではよくある名前の組み合わせ。
「蔦紅葉宇都谷峠」「野晒悟助」の提婆仁三郎。

個人的に目を引くのは じゃがたら三蔵。
その昔、JAGATARAという強烈なバンドがありまして、歌舞伎の舞台でその名に出会うとは思ってもいませんでした。
じゃがたらという言葉自体、珍しいものではありませんが、すっかりじゃがたら三蔵に親近感を抱いてしまい、「毛剃」がますます印象深い作品となったのでした。

ちなみに、じゃがたらの語源はインドネシアの首都ジャカルタの古称です。

宗七

毛剃九右衛門が強烈なキャラクターなので、いまいち影の薄い宗七ですが、上方歌舞伎の優男の典型といえる役柄です。
ボロボロの衣装で奥田屋に登場する演出は、「吉田屋」の伊右衛門を想起させますが、宗七は伊右衛門のような”ぼんち”の極みのような色男ではないのが面白いところ。
おしゃべりな関西人で、お調子者で、少し気の弱い商売人。
原作の浄瑠璃では宗七は海賊になりきれず、自害してしまうあたり、やはり真っ当な商売人といえましょう。
そういった意味では、宗七は上方の善良な商人の典型と言えるかもしれず、商取引に対する上方人の倫理観が描かれているようにも思えます。
密貿易を容認しない結末は、お上の目を気にしてという理由もあったにせよ、そこは関西人の近松自身の常識ないし倫理観が反映されているようで興味深く思います。

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