AKPC15 「毛剃(けぞり)」その1

もうひとつ

描かれている人物

毛剃九右衛門
小松屋宗七

絵の解説

汐見の見得
舳先(へさき)にたち汐の流れを見る九右衛門
蝦夷錦五爪竜(えぞにしきごつめりゅう)の唐服。

原画

左:周囲を警戒する九右衛門
右:抜荷買い(密貿易)の現場を見てしまったため、九右衛門らによって海に放り投げられた宗七。
波間を漂う小舟を見つけて命拾いする。

原画

あらすじ

主な登場人物と簡単な説明

・毛剃九右衛門(けぞりくえもん)
海賊の首領。抜荷買い(密貿易)をしている。

・小松屋宗七(こまつやそうしち)
京の商人。長崎の生まれ。
商用で筑前へと京を行き来している。

・傾城小女郎(けいせいこじょろう)
博多柳町の遊女。宗七とは深い仲。

他、奥田屋女房お松、浪花屋仁三、じゃがたら三蔵、加田市五郎、小倉伝右衛門、徳島平左衛門、中国弥平次など

あらすじ

近松門左衛門 作「恋湊博多諷(こいみなとはかたひとふし)」
序幕 文字ヶ関元船の場
月が美しい秋。
長門国、文字ヶ関の沖合。
海賊の親分・毛剃九右衛門の大船が停泊し、大量の荷物を積んだ仲間の船を待っている。
抜荷買い(密貿易)が首尾よく運ぶか心配する九右衛門の気を紛らそうと、子分たちが船の乗客を酒の席に呼ぶ。

九右衛門たちが密貿易をしていると知らずに船に乗せてもらった宗七。
長崎の名所などを話すうち、博多柳町の傾城小女郎との惚気話を始める。
偶然にも九右衛門も小女郎に入れ込んでおり、その話を聞いて途端に機嫌が悪くなる。
気まずくなった宗七は船室に戻る。

やがて仲間の船が到着し、九右衛門たちは異国の珍しい品々を運び込む。
その様子を目撃してしまった宗七は、口封じのために海へ放り込まれる。

抜け荷が済むと、九右衛門は舳先に立って汐の流れを見つめる。
一方、宗七は小舟につかまって命拾いする。

二幕目 博多柳町奥田屋の場
惣七は博多柳町の奥田屋に忍んでやってくる。
小女郎の禿(かむろ)が見つけ、小女郎は密かに宗七を店に匿う。

奥田屋に九右衛門たちがやってくる。
九右衛門は傾城や仲居たちに高価な品々を気前よく振る舞う。
奥田屋女将のお松は、上客の九右衛門を手厚くもてなし、宴の用意をする。

同髪すきの場
自室で宗七の髪をすいていた小女郎は、一文無しになった宗七のために客に身請けの金を借りようと思いつく。

同奥座敷の場
小女郎の借金を快諾する九右衛門。
喜んだ小女郎が宗七に礼を言わせようと座敷に連れてくる。

思いがけない再会に驚く宗七と九右衛門たち。
九右衛門は、小女郎のためにも仲間に入るようにと宗七を説得する。
宗七がこれを承諾すると、九右衛門は小女郎や他の傾城たちの身請け代の手形を女将に渡す。

そこへ客改めの役人が来たという知らせが入る。
慌てる九右衛門たちだったが、別件と分かって安堵する。
そして宗七や小女郎を交えて賑やかに引き揚げていくのだった。

私のツボ

「デッケエ!」

お馴染み「暫」の化粧声。
舞台に並んで座る大名や家来が、荒事の主人公にかける声で、主人公が動作をしている間は「アーリャ、コーリャ、アーリャ、コーリャ」とかかり、見得の瞬間に「デッケエ」とかかります。
荒事の主人公の力強さ、存在感、スケールに対する感嘆の声。
なんだかよくわからないけど「デッケエ」スケールに圧倒される。
これぞ歌舞伎の真髄の一つです。

「汐見の見得」は舞台一面の大海原。
空には白い月。
大きな船がぐるりと4分の1回転して客席に迫ります。
その舳先に立つ九右衛門。
ゆっくりと大きく腕を伸ばし、腰に手を当てて目を剥く。
思わず「デッケエ」と言いたくなる九右衛門の存在感。

小難しい解釈も蘊蓄も、ましてや教訓やメッセージなど要らない。
難しいことは一切抜きにして、この「デッケエ」を楽しむ演目です。
歌舞伎美ここに極まれり。

異国情緒

九州が舞台の歌舞伎作品は、衣装や舞台美術が独特なので楽しいです。
本作品では、なんといっても毛剃九右衛門の髪型と衣装。
「汐見の見得」の衣装はもちろんですが、その前のドテラ姿もなかなか派手で、この色合いは江戸にはまずありません。

「汐見の見得」の衣装は、白襟が四角と丸の2種類あります。
成田屋は四角、播磨屋系は丸です。
七代目團十郎と九代目團十郎が練り上げた演目なので、四角が本来のスタイルだろうと思います。

なお、もともとは1718年(享保3年)に近松門左衛門が「博多小女郎波枕(はかたこじょろうなみまくら)」という題名で書いた人形浄瑠璃が原作です。
歌舞伎に取り入れられたのは1777年(安永5年)。
その後、しばらく上演が途絶え、1834年(天保5年)に七代目團十郎が上演。
七代目が長崎に遊んだあと、長崎土産として上演されました。
異国風の演出は七代目の案によるものです。

「博多小女郎波枕」は全三段で、最終的には宗七と小女郎は逮捕され、宗七は自害します。
当時、密貿易が頻発したこともあり、密貿易者には厳しい刑に処されました。
そんな時代背景もあってか、物語は悲劇で終わります。
歌舞伎では元船の場と奥田屋の場のみ上演することが多く、この場合はタイトルは「恋湊博多諷」となります。

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