描かれている人物
赤枠一段目:(左から)伊藤喜兵衛、お梅、お槙、医者尾扇(びせん)、中間
赤枠二段目左:(左から)お梅、伊右衛門
同 右:伊藤喜兵衛
赤枠三段目:(左から)お弓、お槙
赤枠四段目:(左から)お梅、お槙、喜兵衛、中間
絵の解説
浅草観音をお参りする伊藤家の一行。
背景の楊枝屋ではお岩の妹・お袖が働いている。
自殺を図るお梅とそれを止める伊右衛門、右は小判を洗う喜兵衛
娘を嫁にと迫る母・お弓。
伊右衛門に圧をかけるお槙。
その日の晩に早くも輿入れ。
あらすじ
鶴屋南北 作
主な登場人物と簡単な説明
・民谷伊右衛門(たみやいえもん)
もとは塩冶家に仕える武士だが、お家断絶の後、傘貼りをして糊口をしのいでいる。
冷淡な色悪の典型。
お岩と別れさせられた恨みから、お岩の父・左門を殺害。
これを皮切りに、次々と悪事に手を染める。
・お梅(おうめ)
伊藤喜兵衛の孫娘。
伊右衛門の隣人で、伊右衛門に惚れるあまり恋煩いになる。
・伊藤喜兵衛(いとうきへえ)
高家の家臣で金持ち。孫娘のお梅を溺愛している。
・お弓(おゆみ)
喜兵衛の実娘。夫が病死したため、実家に戻ってきた。
・お槙(おまき)
お梅の乳母。
・お岩(おいわ)
もと塩冶家の家臣・四谷左門の娘。
伊右衛門と恋に落ち内縁関係になり、妊娠する。
しかし、伊右衛門が公金を横領していたことを知った父・左門に実家へ連れ戻される。
父を伊右衛門に殺されたことを知らず、伊右衛門と復縁、出産するが産後の肥立ちが悪く、床にふせっている。
伊藤家を軸としたあらすじ
浅草観音額堂の場
参拝客で賑わう浅草観音。
塩谷家の家臣だった四谷左門は、お家断絶後、物乞いをしていた。
左門が他の物乞いたちに絡まれているところを、民谷伊右衛門が助ける。
伊右衛門は御用金に手をつけた咎で、舅の左門からお岩と離縁させられていた。
お岩との復縁を願う伊右衛門だったが、左門は頑なに拒み立ち去る。
その光景を見ていたのが、伊藤喜兵衛一行。
伊右衛門に一目惚れして恋煩いの病にかかったお梅の気晴らしにと浅草詣りに来たのだった。
伊右衛門の姿を見て、ますます想いを募らせるお梅。
喜兵衛は孫娘の想い人が塩谷浪人と知って何やら閃いた様子。
雑司ヶ谷四谷町伊右衛門浪宅の場
お岩と復縁するため舅の左門を殺害した伊右衛門。
そうとは知らないお岩は、父の仇討ちを頼むため伊右衛門と復縁した。
お岩と伊右衛門は雑司ヶ谷で暮らしているが、お岩の産後の肥立ちが悪く、床にふせっていた。
按摩の宅悦が手伝いに来ていた。
伊右衛門は、貧乏暮らしと、仇討ちを迫るお岩が疎ましくなり、邪険に扱う。
伊右衛門の家で内職の手伝いをしていた小仏小平という男が、民谷家の秘薬・ソウキセイを盗もうとしていたことがわかり、折檻されて家の押し入れに放り込まれる。
伊藤喜兵衛内の場
隣家の伊藤家から、お岩のためにと薬と子供用の小袖を届けにくる。
伊右衛門は礼を言いに、宅悦を留守番に残して伊藤家へ向かう。
お岩が薬を飲むと、急に顔が熱くなり、苦しみ始めた。
喜兵衛は伊右衛門を手厚く接待し、金を積んで孫娘のお梅との縁談を勧める。
妻がいると一旦は断る伊右衛門。
だが、喜兵衛はお岩に届けた薬は離縁させるために顔が醜くなる毒薬であったと語り、さらにはお梅が思いを受け入れてくれなければ自害すると懐からカミソリを取り出す。
強引に婚姻を迫られた伊右衛門は、高家へ推挙してくれることを条件に婿入りを承諾してしまう。
元の伊右衛門浪宅の場
お岩の顔は無惨に崩れ、そこへ帰ってきた伊右衛門はお岩の着物から赤子の着物、蚊帳まで質草にするため持って行ってしまう。
仔細を宅悦から聞いたお岩は、顔が崩れ、髪は抜け、伊右衛門と伊藤家一家を呪う。
隣家へ挨拶に行こうとするお岩は、それを止めようとする宅悦と揉み合ううち、誤って柱に突き刺さった刀が喉に刺さって死んでしまう。
すると大きなネズミが来て、赤子をさらって行ってしまう。
内祝言を済ませて帰宅した伊右衛門は、小平を殺し、戸板の裏表にお岩と小平の死体を打ち付け、二人に不義密通の汚名を着せて仲間に川へ流させる。
そこへ花嫁のお梅と、付き添いの喜兵衛がやって来る。
二人にお岩と小平の亡霊が取り憑き、惑わされた伊右衛門は二人の首を撃ち落としてしまう。
喜兵衛とお梅が殺され伊藤家は断絶。
お梅の実母・弓と乳母のお槙は隠亡堀の中洲で浮浪生活を送る。
お槙はあやまって川に落ち、お弓は伊右衛門に川に落とされて絶命。
ちなみに伊右衛門に同行して伊藤家について行った秋山長兵衛は「蛇山庵室の場」でお岩さんの亡霊にあの世に引き摺り込まれる。
こちらもどうぞ
「東海道四谷怪談」〜「怪談 かぶきがわかるさがしもの絵本2 」より
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私のツボ
狂気の伊藤一家
鶴屋南北の作品はクレイジーな人物がたくさん登場しますが、一家揃っておかしいという意味では伊藤家がトップではないかと常々思っています。
特に、「伊藤喜兵衛内の場」で繰り広げられる狂気は、伊右衛門に同情さえしてしまいます。
婚姻を承諾したのち、高家に推挙してくれ、と喜兵衛に頼む伊右衛門は非道というより、お岩を捨てることへの後ろめたさがあるからではと思ってしまいます。
若い娘の色香に迷ったのではなく、武士としての処世術としてお岩すなわち塩谷家を捨てたのだ、と自分に言い聞かせるため。
伊右衛門の良心の呵責ではと勘繰ってしまうほどに、伊藤家の狂気が冴え渡っているのでした。
まず、盥で小判を洗っているのは軽いジャブ。
吸い物の椀に小判を入れて進めるのも金持ちの下品な冗談。
笑えないのがこのあとで、お梅が伊右衛門に告白し、
想いが叶わぬとわかるやカミソリを懐から出して自殺をしようとします。
自殺を止めるのは伊右衛門で、この後、喜兵衛が唐突に罪を告白。
お岩に渡したのは毒薬で、顔が崩れたら離縁してお梅と結婚してくれるかもとの算段で、
それが叶わないのなら命で償うと「殺してくれ」と叫びます。
オロオロする伊右衛門に、お梅が「死ぬ」と叫び、喜兵衛が「殺せ」と叫ぶ。
お弓とお槙も泣いて援護射撃をします。
たたみかける狂気。
なんたる地獄。
おそらくここで伊右衛門は狂気に飲み込まれてしまったのでしょう。
何が恐ろしいかというと、この茶番を伊藤家で事前に仕組んでいたであろうこと。
その描写はありませんが、この段取りの良さは言わずもがなのこと。
お梅は色欲、お弓とお槙はお梅かわいさ、喜兵衛は孫娘可愛さというよりスパイとして塩谷浪人を抱えたいという政治的な目論見。
それぞれの欲が見事に一致し、伊右衛門を取り込む計画のもと一族が団結した結果、多くの破滅を招いたのでした。
お梅が伊右衛門を見染めたのは、本人曰く、伊右衛門が近所に引っ越してきた頃。
「浅草観音額堂の場」で既に恋煩い中なので、伊右衛門とお岩が駆け落ち同然で夫婦になった頃に一目惚れしたと思われます。
ということは、何年も前に、既に伊右衛門はターゲットにされていたということで、空恐ろしくなります。
伊右衛門が雑司ヶ谷に引っ越さなければ、お梅に惚れられさえしなければ、伊右衛門もお岩も、お袖も左門も直助も、そして伊藤家も滅びなくて済んだかもしれません。
一見、ごく普通の、金持ちで、身綺麗で、明るく、人当たりも良さそうな伊藤一家。
そんな彼らが孕む狂気。
清々しいほどに自分の欲に貪欲で、理性も常識も倫理観も彼らには通用しません。
何より、現代にも伊藤家のような人々がいるであろうことが恐ろしい。
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