描かれている人物
赤枠上:蘇我蝦夷子
同 中:蘇我入鹿
同 下:蓍の方
赤丸枠:安倍中納言行主
絵の解説
入定(にゅうじょう)しようとする入鹿を引き止めてほしいと蝦夷子に訴える蓍の方
僧の服装のまま蝦夷子の屋敷に乱入する入鹿
背景の叢雲は蝦夷子館の襖の文様
入鹿に追い詰められ切腹する蝦夷子
蝦夷子に謀反の証拠(連判状)を突きつける安倍行主
背景の庭
水彩紙と絵具の相性が悪くて途中で断念。
書道用の和紙は絵の具には向かないようで、紙が色を吸い込んでしまう。
墨のノリは良い。
あらすじ
主な登場人物と簡単な説明
・蘇我蝦夷子(そがのえみし)
父・蘇我馬子の代から帝の臣下。
入鹿と橘姫の父。
入鹿に天下をとる器ではないと思われ、
まんまと利用されているともつゆ知らず、
帝位を奪おうとしている。
入鹿に嵌められて自害。
・蘇我入鹿(そがのいるか)
父・蘇我蝦夷子の嫡男。
父の謀反を止めるべく仏道に入り、
100日目にあたる今日入定(地中に埋められた棺に入る)する。
自らの命をかけて天智帝を守る、と見せかけて
実は蝦夷子を追い込んで自らが帝の地位を奪う計画だった。
・蓍の方(めどのかた)
入鹿の妻。善人。
入鹿の本意を知ることなく蝦夷子に殺される。
・安倍中納言行主(あべのちゅうなごんゆきぬし)
蓍の方の父。右大臣。
大内の段から蝦夷子と対立している。
大判事清澄は部下。
入鹿に殺される。
他、橘姫などがいます。
あらすじ
蝦夷子館の段
冬。
蝦夷子館に、入鹿の妻・蓍の方が橘姫と共にやってくる。
入定しようとする入鹿を止めてほしいと蝦夷子に懇願する蓍の方。
一蹴する蝦夷子に対し、
蓍の方は帝位簒奪など企てないでほしいと意見する。
蝦夷子は、入鹿に預けた謀反の連判状のありかを白状するよう刀で蓍の方を脅す。
蓍の方は逃げ回るが、肩を斬られ、懐中の巻物を火鉢へ投げ込む。
すると火鉢の炎が上がり、鐘太鼓が鳴り響く。
計画の漏洩を悟った蝦夷子は蓍の方にとどめをさす。
安倍行主が大判事清澄と共に館にやってきて、蝦夷子に謀反の連判状を突きつける。
先ほど、蓍の方が火鉢に投げ入れた巻物は偽の連判状で、
蝦夷子の逆心を確認できたら火鉢に投げ入れて狼煙をあげるよう示し合わせていたのである。
窮地に追い込まれた蝦夷子は切腹する。
大判事清澄が首をはねた瞬間、矢が飛んできて安倍行主の胸を貫く。
袈裟を着た入鹿が現れ、驚く大判事に本当の目的を語り始める。
父・蝦夷子の野心を利用して、天下を取ろうと思っていたこと。
父を諌めるため仏道に帰依し、こもって祈祷をしていると見せかけ、
内裏の宝物庫に忍び込んで三種の神器のうち天叢雲の剣を手に入れたのだった。
入鹿は大判事に味方になるなら迎えるが、そうでなければ殺すと脅す。
大判事は心を決めて入鹿にひれ伏すのであった。
幕。
私のツボ
妹背山婦女庭訓の冬
「小松原」と「花渡し」の間の場ですが、歌舞伎ではほとんど上演されません。
戦後、上演されたのは4回のみで、私も見たことがありません。
文楽では見たことがあるので、歌舞伎の公演資料とあわせて描きました。
文楽では前半で久我之助が采女の局の生死の確認のために呼び出されますが、
歌舞伎ではカットされます。
そこまでして描きたかった理由は、まず冬という季節。
「妹背山婦女庭訓」は「吉野川」の桜のイメージが強いですが、
そこに至るまでの時間の経過も描かれていることにいたく感銘を受けました。
雛鳥と久我之助が出会った秋、
入鹿が本性をあらわした冬、
そして吉野川の両岸で起こる悲劇の春。
めぐる季節の中で、人が出会い、命を落とす。
人の生き死にに関わりなく、季節はめぐる。
この無常感と寂寞感は、昔から日本人好みの感覚ですが、私もめっぽう弱いです。
杜甫や李白などの古典漢詩にも多いので、東洋的な詩情と言えるかもしれません。
静かな雪景色の庭が、この前後の段の華やかさをより引き立てます。
入鹿のプライヴェート
蘇我蝦夷子はともかく、入鹿の妻まで登場し、
入鹿の人となりが垣間見えるところが二つ目の理由。
この段に登場する主要人物は、ほとんど入鹿の身内で、
誰も入鹿の真の目的を知らなかったことに驚きます。
敵を欺くには味方から。
そして容赦無く裏切り、殺す。
おのれの野望を叶える直前の入鹿ということで、
大判事に向かって饒舌に語るところなど、
ある意味非常に人間くさいです。
大判事清澄が入鹿を畏れる理由や、
入鹿が堂々と帝位を騙る理由など、
いろいろと事情がわかって面白いのですが、
魔人・入鹿は、謎が多い方がよろしいです。
やはり悪役は超然としたキャラでいてほしい。
おしゃべりな悪人はいけません。
無口であってほしい。
あまり上演されない理由の第一は時間的制約ですが、
入鹿の怪しさが半減してしまうのも理由の一つかもしれません。
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