描かれている人物
赤枠上左:葛の葉姫
同 右:葛の葉
赤枠下:葛の葉
背景:安倍童子、保名
絵の解説
葛の葉姫
葛の葉(左)
保名が買ってきた風車を手にする葛の葉。
この時、保名は葛の葉の正体を疑っている。
狐に戻った葛の葉(右)
葛の葉の書置と、呆然とする保名と童子
あらすじ
「蘆屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)」 全五段 竹田出雲 作
主な登場人物と簡単な説明
・安倍保名(あべのやすな)
天文博士・加茂保憲(かものやすなり)の弟子。安倍晴明の父。
・葛の葉(くずのは)
保名の女房。正体は信太の森の白狐。
・葛の葉姫(くずのはひめ)
保名の恋人・榊の前の妹で、容姿がよく似ている。
六年前、偶然知り合った保名と許嫁になる。
・信田庄司(しのだしょうじ)、柵(しがらみ)
榊の前、葛の葉姫の実の両親。
あらすじ
これまでの経緯
朱雀天皇の御代。
天文博士・加茂保憲の亡き後、その後継をめぐって二人の高弟ー安倍保名と蘆屋道満(あしやみちたる)ーの間で争いが起こる。
争いの背景には宮中での権力闘争があった。
蘆屋側の人間(保憲の妻、親王の后の父ら)の奸計により、恋人・榊の前は保名をかばって自害。
悲しみのあまり正気を失った保名は、榊の前の小袖を持って彷徨い歩く。
信田の森で葛の葉姫と出会い、その顔立ちが榊の前にそっくりなので保名は正気に戻り、二人は恋に落ちる。
保名は葛の葉姫の両親に結婚の申し出をするが、悪党の石川悪右衛門からも求婚されていることから、両親は返答を保留する。
そこへ白狐を追って悪右衛門がやって来たため、保名は葛の葉姫たちを逃し、白狐も救ってやる。
白狐狩を邪魔された悪右衛門は保名を痛めつける。
保名が自害しようとすると葛の葉姫が現れ、二人は保名の故郷・阿倍野の里へ向かう。
二人は阿倍野に隠れ住み、男の子を授かる。
「葛の葉子別れ」
六年後。
保名は葛の葉と五歳になる息子と、阿倍野で暮らしていた。
ある日、信田庄司夫妻と葛の葉姫が訪ねてくる。
庄司が家の中を覗くと、葛の葉姫にそっくりな女が機を織っている。
保名が夫婦になった葛の葉は、六年前に信田の森で助けた白狐であった。
本物の葛の葉姫が現れたので、身を引く決意をした葛の葉は、我が子との別れを悲しむ。
そして一首の歌を障子に書き残して家を立ち去る。
恋しくば たづね来てみよ 和泉なる 信田の森の うらみ葛の葉
「狐であろうと構わない」と保名は幼子を背負い、信田の森へ葛の葉を追うのだった。
スッポンから塗笠を持った葛の葉が出てきて花道を引っ込んで幕。
狐の面をつけていたり、白い尻尾をつける場合もある。
上方では、信太の森が舞台になり、葛の葉が悪右衛門をこらしめる「さし駕籠」がつく場合もある。
葛の葉が宙乗りをしたり、たくさんの瑠璃灯(蝋燭に模した灯)が吊り下げられたりと、演出もさまざま。
その後の顛末
白狐が森に帰って三年後。
忠義のため自害した父のため仏門に入り、道満(どうまん)と名を改めた蘆屋道満は、信太を訪れ、保名に加茂保憲の秘書を渡す。
その秘書(金烏玉兎集:きんうぎょくとしゅう)の由来を保名の童子がスラスラと語り、驚く道満。
道満は童子にさまざまな質問をすると、童子は母狐の力を借りて全ての問いに正しく答えた。
道満は、晴明と名を授けて烏帽子親になる。
その後、宮中の権力闘争に巻き込まれ、悪右衛門に陥れられた保名は落命。
しかし安倍晴明の祈祷によって蘇生。
黒幕の左大将は流罪、悪右衛門は保名に斬られる。
安倍晴明は親王から官位を授かり、道満とともに天下の陰陽師となる。
私のツボ
狐の理性と母性のせめぎ合い
その昔、「帝都物語」という映画にすっかり心を鷲掴みにされ、以来、陰陽道や呪術モノが大好きになりました。
その後、安倍晴明は小説「陰陽師」で一気に有名になり、私のブームは一段落します。
いつでも安倍晴明に映画や小説で会えると思うと、安心してしまうのか熱が冷めてしまいました。
ずっとファンだったインディーズバンドがメジャーデビューすると、少し熱が冷める心理に似ているかもしれません。
話を戻しまして、その後、歌舞伎を観るようになって、そこで安倍晴明と再会したのがこの「葛の葉子別れ」。
安倍晴明の出生の秘密と、晴明ファンにはたまらない作品です。
葛の葉と葛の葉姫の二役早替わり、曲書きなどのケレン演出、狐言葉など、見どころも多いのですが、何より白狐の葛の葉が健気で、可憐で、可哀想でなりません。
葛の葉が寝ている我が子に別れの言葉を語りかける場面。
狐手になり後ろ足を跳ね上げる姿は、人間と狐の境界線上にいるようで、ここが一番好きな場面です。
狐の理性と、母性のせめぎ合い。
その二つのアイデンティティに引き裂かれそうな姿が涙を誘います。
白狐が切なすぎて、つい保名と葛の葉姫をなじりたくなりますが、安倍晴明の父&育ての母ということで収めようと思います。
蘆屋道満
安倍晴明のライバルとして描かれることが多い道満は、晴明ほど逸話やゆかりの地がなく謎に包まれています。
逆に興味をそそられます。
史実に謎が多いので、安倍晴明の引き立て役としての悪役ポジションに据えられる道満は、この「蘆屋道満大内鑑」を読む限り、道満の後ろ盾である左大将橘元方に利用されたに過ぎないと感じます。
本人の知らないところで権力闘争に利用されていたに過ぎません。
むしろ保名よりしっかりした人間だと思うのですが、そもそも加茂保憲は保名を指名していました。
なぜか。
榊の前を失って狂乱してしまう保名の脆さ、危うさ。
師匠は、保名の内奥にある狂気と紙一重の情熱を見抜いていたのかもしれません。
話を道満に戻しまして、
これまで歌舞伎の舞台に登場しなかった蘆屋道満ですが、ついに新作歌舞伎で実存として登場いたしました。
なんと嬉しや。
新作の「新作 陰陽師」と「新・陰陽師」。
また蘆屋道満を舞台で観ることができますように。
お蔵
ここは割と狐が優っているのではないかと思いますが、表情に情緒が出過ぎてしまったように感じて描き直し。
引っ込み。
腹を括った決然とした表情でここも好きなのですが、構図に間を持たせたかったのでお蔵へ。
コメント