KNPC214 霊験亀山鉾(れいげんかめやまほこ)

かぶきねこづくし

KNPC214 霊験亀山鉾

描かれている人物

赤枠左:藤田水右衛門
赤枠右:古手屋八郎兵衛実は隠亡の八郎兵衛
赤枠丸:芸者お妻
背景:亀山城

絵の解説

丹波屋の場
八郎兵衛を見て水右衛門と確信するお妻。
手にしているのは水右衛門にそっくりな役者の姿絵が描かれた団扇。
ちなみに五代目松本幸四郎が得意としていた仁木弾正。

お妻(原画)

中島村焼場の場
出刃包丁でお妻を殺そうとする八郎兵衛だが、お妻に井戸に落とされ絶命。

八郎兵衛(原画)


燃えさかる早桶から姿を現した水右衛門。
お妻を殺し、これまで返り討ちにした石井家の人々を指を折って数えるところ。
演出がどうなるかわからないので背景を墨ベタにするよう監修より指示があったので、ポストカードでは水右衛門と八郎兵衛の背景は墨ベタになっています。

藤田水右衛門(原画)

大詰・勢州亀山祭仇討の場
曽我八幡の祭礼の鉾が亀山城を取り囲む。

亀山城と鉾

あらすじ

霊験亀山鉾ー亀山の仇討ち 四世鶴屋南北作

主な登場人物と簡単な説明

・藤田水右衛門(ふじたみずえもん)
冷酷な悪党。
石井右内を闇討ちしたことを端緒に、石井家ゆかりの人たちを次々殺害する。
重宝秘書「鵜の丸」の一巻を奪い、出世の足掛かりにしようと企む。

・古手屋八郎兵衛実は隠亡の八郎兵衛
古手屋(こてや・古物商)と偽って丹波屋に出入りする隠亡(おんぼう)。
お妻に惚れている。
藤田水右衛門に瓜二つ。

・芸者お妻(おつま)
丹波屋の人気芸者。
水右衛門と良い仲だが、源之丞の子を宿している。

・石井源之丞(いしいげんのじょう)
石井右内の養子。
香具屋弥兵衛(こうぐややへえ)と偽り、亡き養父の仇を討つため水右衛門の行方を追っている。
妻子がいながら、お妻と深い仲になる。

・お松(おまつ)
源之丞の妻。
源之丞との間にもうけた源太郎(げんたろう)と半次郎という二人の息子がいる。
源太郎は生まれつき足が不自由、半次郎は体が弱い。
機を織って夫の留守宅を守っている。

・おりき
丹波屋のおかみ。
藤田家が主筋で卜庵に頼まれ水右衛門を匿っている。
弥兵衛(実は源之丞)に惚れ込んでいる。

・貞林尼(ていりんに)
源之丞の母。お松を陰ながら支える優しく気丈な姑。
孫のために命を捧げる。

・藤田卜庵(ふじたぼくあん)
水右衛門の実父。医師。

・大岸頼母(おおぎしたのも)
亀山家の重臣。
石井家の遠縁にあたり(石井浜介の妻の姉婿)、貞林尼と連絡を取り合っている。

他、石井浜介、文蔵、袖介など多数います。

あらすじ

序幕 甲州石和宿棒鼻~同石和河原仇討~播州明石網町機屋
甲州石和宿のはずれ
遠州浜名の家中石井浜介が、兄の右内を闇討ちにした藤田水右衛門と立会のもと敵討ちをしようとしていた。
そして水右衛門が奪った重宝の「鵜の丸」の一巻も取り戻そうとしていた。

が、立会人は水右衛門に買収されており、浜介の水盃に毒を混入していたため、毒杯をあおった浜介は水右衛門にとどめを刺されて命を落とす。

ところ変わって播州明石網町のとある民家。
石井源之丞と妻・お松が長男の誕生日を祝っていた。
源之丞はお松との不義により勘当され右内の養子に出されていて、普段は離れて暮らしている。
久々の再会を楽しんでいたところ、叔父の浜介の訃報が入り、源之丞は仇討の旅に出る。

二幕目 駿州弥勒町丹波屋~同安倍川返り討〜同中島村入口〜中島村焼場
駿州の揚屋・丹波屋。
香具屋弥兵衛に扮した源之丞は芸者お妻と深い仲になっていた。
丹波屋の女将おりきは主筋に当たる水右衛門を匿っている。

丹波屋に水右衛門にそっくりの八郎兵衛がやってきて、人気芸者のお妻を呼べと騒ぐ。
八郎兵衛を水右衛門だと勘違いしたお妻は、源之丞の仇討ちに協力しようと源之丞に偽りの愛想づかしをする。
だが、チラリと顔を覗かせた水右衛門の姿を目撃したお妻は人違いと気が付き、八郎兵衛を拒む。
八郎兵衛は寺から使いが来て渋々立ち去る。

お妻は八郎兵衛が落とした水右衛門宛の書状を拾い、安倍河原で落ち合う手筈との文面を読み、源之丞に後を追わせる。

すべては源之丞を誘き出すために水右衛門が仕掛けた罠で、八郎兵衛もその一味であった。
源之丞は水右衛門に殺される。

丹波屋の女将おりきは早桶(急いで作られた簡素な棺桶のこと:樽を荒縄で縛る)に水右衛門を潜ませて逃がそうとするが、狼騒動の混乱で焼き場に運び込まれてしまう。
本来、焼場に届けられるはずだった源之丞の早桶と取り違えられ、おりきは慌てて後を追う。

源之丞を弔うため形見の刀を持って焼場を訪れたお妻は、隠亡の八郎兵衛と鉢合わせする。
お妻に騙されたことを恨む八郎兵衛はお妻を殺そうとするが、逆に井戸に落とされて絶命。
そこへ水右衛門を探すおりきがやってきて、お妻と争うがこれに討たれる。

燃えている早桶の縄が切れ、水右衛門が登場。
お妻を殺し、これまで手にかけた石井家の人々を指折り数えてほくそ笑む。

三幕目 播州明石網町機屋
お松の家では夭折した次男の半次郎の法事が執り行われていた。
10歳になる長男の源次郎は難病が治らず、足腰が立たないままであった。
そこへ源之丞の訃報が入る。
悲嘆に暮れるお松。
源之丞の母・貞林尼が自害し、生血を源次郎に飲ませると難病が治り歩けるようになった。
孫の勇ましい姿を見た貞林尼は安心して息を引き取る。

四幕目 江州馬渕縄手
※演出や時間の都合で省略されることがあります
お松の兄・袖介は非人に身をやつして水右衛門の行方を追っていた。
水右衛門の実父・卜庵のいどころを突き止めた袖介だったが、卜庵は自分こそが石井右内を斬ったと息子を庇い、自らを斬りつける。
やむなくとどめをさした袖介は、卜庵を殺害した顛末を書き記して立ち去る。

偶然通りかかった水右衛門はその書付を読み、父の遺体を発見してその死を嘆く。
父を殺害されたことから、石井家と藤田家は敵同士となる。

大詰 勢州亀山祭敵討
曽我八幡の祭礼の日。
亀山城主の上覧とあって、家臣一同が勢揃いしていた。

水右衛門が「鵜の丸」の一巻を、駕籠に乗っている亀山城主に献上して仕官しようとやってくる。
そこへ袖介が駆けつけ、自分のものが本物だと訴える。
真偽を主張し合う二人を重臣・大岸頼母が制し、まずは水右衛門の一巻を駕籠の中の若殿に献上する。

駕籠から現れたのは仇討ち装束の源次郎。
さらにお松も源之丞の形見を持って現れる。

お松・源次郎・袖介は水右衛門を討ち取り、「鵜の丸」の一巻も取り戻す。
「本日はこれ切り」
めでたく切り口上で幕。

私のツボ

人間くさい悪

『霊験亀山鉾(以下、亀山鉾)』は『絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ)』とよく似ています。
藤田水右衛門と八郎兵衛、左枝大学之助と立場太平次。
冷酷な武士とゴロツキ。
どちらも主役の俳優が二役を兼ねます。
ただ大きく異なる点が一つあり、それは人情の有無。
言い換えれば悪の純度の違い。

「亀山鉾」にでてくる人物はどれもこれも人間味が垣間見られます。
次々と人を殺す水右衛門の行動原理は仇討ちから逃げるため、死への恐怖とも捉えられます。
卑怯な殺害方法とされる毒殺を武士でありながら選んだり、ややこしい計略を張り巡らせたり、といって愉快犯ともいえず、ただ死を恐れる卑怯な人間に見えてしまいます。
そもそも右内を殺した理由も、重宝を盗み出したのも出世のためと、動機が非常にわかりやすい。
何より親子の情を持ち合わせています。

もう一方の悪人・八郎兵衛。
小悪党の八郎兵衛の陽気さの裏には、隠亡であることのコンプレックスが見え隠れします。
水右衛門に手を貸した動機は主筋だからとの説明がありますが、そこまでの必然性は感じられず、
どれも刹那的で衝動的なものに見えます。
全ては隠亡という卑賤な身分であることへの怒りや悲しみに起因するように思えてなりません。
そのように解釈すれば、お妻に向けられた怒りあるいは執着が理解できます。

「絵本合法衢」に見られる常識を逸脱した純度の高い悪は彼らから感じられません。

人間味あふれる最たるものは源之丞で、頼りないのに憎めない優男タイプなのでしょうか、まんまと騙し討ちにあって早々に退場してしまいます。
本人はいたって真面目で、そこに悪意や作為はなく、南北作品では珍しい善人ですが、ある意味最もタチの悪い悪とも言えます。
無自覚に人の善意につけこむ。
ヒモないし詐欺師として大成する器です。

突き抜けた悪ではなく、卑近な人間くさい悪。
一方、女たちが皆できた人間で、周囲の優しさ温かさに支えられ生きているのも、南北の作品群の中では異色です。
特にお松の周りには良い人ばかりで、いつどんでん返しが来るのかと逆に不安になります。

と、やや異色の南北作品。
主人公の二人と紅一点でお妻にしました。
水右衛門・八郎兵衛・源之丞の主要三人の男にそれぞれ絡む女でもあります。

鉾が華やかな大詰の亀山城。
切口上の様子を描きたいところですが、人数制限がありますので「まずはこれぎり」。

ないまぜ、かきかえ、すなわちサンプリング

人間関係や筋立てが複雑で、わかりにくい物語が多い歌舞伎狂言ですが、これは”ないまぜ”と”かきかえ”と呼ばれる手法で作品が書かれるためです。
歌舞伎の狂言には”世界”と呼ばれる設定があり、忠臣蔵やお染久松など、巷間で広く知られた物語のことです。
その”世界”を違う人物で書き換えたり、異なる”世界”を混ぜたりして新しい作品を書くという手法です。
平たく言えば”世界”とは”元ネタ”です。

とりわけ南北は”ないまぜ”と”かきかえ”が多く、数多くの元ネタが存在します。
唐突な展開も元ネタがあればこそ。
丹波屋で、おつまが源之丞に愛想づかしをするところは丸本歌舞伎「桜鍔恨鮫鞘(さくらつばうらみのさめざや)」の「鰻谷の段」が元ネタになっています。
貞林尼の肝臓の生血を飲ませると源次郎の足が治るのは、歌舞伎ではお馴染みの展開です。
「摂州合邦辻」など。
その奇蹟の元ネタはおそらく今昔物語。
現代の私たちにとっては唐突な展開も、当時の狂言作りの常識を鑑みれば必然の展開となります。

江戸時代には共通認識であった”世界”も、やがて時代とともに廃れてしまう。
それが”分かりにくさ”のもとになっているのですが、その違和感こそが古典演目の面白さだと私は思っています。

それは音楽におけるサンプリングの面白さに通じるものがあり、元ネタを知っていても知らなくても、再構築された新しい作品として楽しむことができる。
リズムもテンポも異なるフレーズがつなぎ合わされ、まったく異なる音楽となる。
とりわけ南北ワールドの疾走感は音楽に近く、だから私は南北が好きなのだろうと南北作品に触れるたびに思うのでした。

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