描かれている人物
赤枠左:名古屋山三(なごやさんざ)
赤枠右:不破伴左衛門(ふわばんざえもん)
下(左から):名古屋山三、留女、不破伴左衛門
絵の解説
名古屋山三と不破伴左衛門
深編笠を取ったところ。
名古屋山三:浅葱色の繻子に濡れ燕。紋は中央に開いた傘、左右に閉じた傘。
不破伴左衛門:黒の木綿地に雲と稲妻
仲裁に入る茶屋の女将。通称、留女(とめおんな)。
出演者の兼ね合いで留女が留男(茶屋の主人)となる場合もある。
満開の桜は別紙に描いた桜をPhotosohpで合成。
行燈に書かれている茶屋の名前は、描かないよう指摘が入ることが多かったので描かずにいたところ”描いた上でボカす”という新たな指示が入りました。
文字だけ紙に別途描いて、ボカシ処理を施しました。
不破の左足をもっと伸ばして股を大きく開くと修正の指示をいただいたので修正版。
名古屋山三は足は開きませんが、不破の脚の開き具合は人によって様々です。
どちらか迷ったのですが、着衣の乱れは修正が入ることが多いので不破の足も閉じたところ修正となりました。
敵役の不破と二枚目の山三との違いをより強調するためにも、不破の足は開くのが基本型で、あとは俳優さんの演じ方に拠るようです。
原画に足を開いた鉛筆線が入っているので、着彩の段階になって急遽足を閉じた次第です。
そしてまた開いたと。
また、留女が手にしている赤い布のシワをとり、まっすぐするよう指示が入りました。
より自然に見えるようあえてシワを入れていたのですが、言われてみると確かに資料はどれも布がピシッとしており、余計なシワはありません。
布なので多少のシワはありますが、私が描いた絵ほどは入っておらず、”より自然に”とはまさに余計なお世話というか私の思い込みにすぎず、歌舞伎の舞台は小道具にも神経が行き届いていることを思い知らされ改めて感動しました。
あらすじ
主な登場人物と簡単な説明
・名古屋山三(なごやさんざ)
浪人。
佐々木家の元忠臣。悪人の不破伴左衛門に父を討たれる。
傾城葛城と恋仲。
・不破伴左衛門(ふわばんざえもん)
浪人。
男伊達の白柄組(しらつかぐみ)の頭領。
傾城葛城に横恋慕している。
あらすじ
夜桜が美しく咲き誇る吉原の仲之町。
深編笠を被った二人の浪人がすれ違う。
互いの刀がぶつかって言い合いになる。
笠を取ってみると、互いに知った顔。
伴左衛門は山三の恋人・傾城葛城に横恋慕していることから白刃を抜いての立て引きとなる。
そこへ茶屋女(ちゃやおんな:茶屋の女将)が現れ、仲裁する。
しかし、不破は一度抜いた刀を戻すのは納得がいかないと抗議する。
そこで茶屋女は、杯を交わすように刀を入れ替えることを提案、互いの刀を交換する。
不思議なことに刀はそれぞれの鞘にぴたりと収まる。
山三は同じ刀を二振り持っていたが、父が闇討ちにあった時に一振り盗まれていた。
ぴたりと鞘に収まる刀を見て、この男こそ父の仇と悟るが茶屋女の言葉に従ってその場は別れる。
幕。
私のツボ
編笠をとるまで意外と長い
もとは鶴屋南北の『浮世柄比翼稲妻(うきよづかひよくのいなづま)』という狂言のうちの一幕です。
「鞘当」のみが上演されることが多いです。
なお、白井権八の「鈴ヶ森」も同じ狂言の一幕です。
20分程度の舞台で、二人の浪人がすれ違った際に刀の鞘が当たって喧嘩になるという単純な内容ですが、動作が全て様式化されており、さながら舞踊劇のような演目です。
「鞘当」といえば留女が二人の真ん中に入って制止する見得。
『夏祭浪花鑑』の「住吉鳥居前」の一寸徳兵衛、女房お梶、団七九郎兵衛と同じ配置です。
留女の仲裁によってひとまず喧嘩が収められた場面。
それに対して、因縁の二人が互いに顔を見せ合う場面。
起と結、
発端と顛末という構成です。
喧嘩のきっかけは刀の鞘が当たったことですが、言い合ううちに佇まいや声音から互いに「もしや?」と見当がついて、いよいよ御開帳。
「思うに違わぬ名古屋元春」「さてこそ不破の伴左衛門」の直前の様子を描きました。
両花道の出から編笠を被っており、なかなか役者の顔が拝めません。
編笠を取ると、客席に ”やっと顔が見られた安堵感”がじわーと広がるのがわかります。
時に拍手が起こり、大向こうが飛びます。
編笠をとった瞬間は、一つ目のピークと言って差し支えないでしょう。
その瞬間を描きました。
編笠を二人で持っての見得も絵になりますが、『菅原伝授手習鑑』の「車引」「賀の祝」が思い出され、やや子供っぽい所作のように感じてしまいます。
編笠が大きいので絵にすると目立ってしまうのと、編笠の内側の白い笠輪が見えるのもいただけない。
それぞれの男伊達ぶりとその対比を強調したかったので単体でのカットにしました。
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