描かれている人物
左上:道玄
右上:松蔵
右下:(左から)お兼、道玄
背景:加賀藩上屋敷門前
絵の解説
自宅玄関前にて、おせつとお朝の話を立ち聞きして悪巧みする道玄。
ことの成り行きを見守る松蔵。
鉞(まさかり)まげは不自然と監修より指摘が入ったのでポストカードでは取ってあります。
迫真の演技でおせつの書置を読み上げる道玄とお兼
あらすじ
主な登場人物と簡単な説明
・竹垣道玄(たけがきどうげん)
酒好きで博打好きの按摩。
盲人のふりをしている。
・おせつ
道玄の妻。女按摩。
兄の太次右衛門は道玄に殺されたことを知らぬまま道玄と結婚したが、離縁したがっている。
・お兼(おかね)
女按摩。通称おさすりお兼。
道玄おせつの仲人。
道玄の情婦。
・お朝(おあさ)
おせつの姪。太次衛門の娘。伊勢屋の奉公人。
叔母思いの優しい娘。
・松蔵(まつぞう)
加賀前田家百万石のお抱え火消し・加賀鳶のNO.2。
お頭の梅吉の弟分。
あらすじ
序幕 本郷通町木戸前の場
大名火消し・加賀鳶と町火消しは仲が悪く、今日も湯島天神の境内で喧嘩となっていた。
本郷の木戸へ加賀鳶が押し出し、一触即発のところを加賀鳶の頭梅吉と松蔵が止めに入り、事なきを得る。
二幕目 御茶ノ水土手際の場
正月15日の夕暮れ。江戸へ出てきた百姓・太次右衛門はお茶の水で急な腹痛に襲われる。
たまたま通りかかった道玄が介抱するが、懐の大金に気がつくと太次右衛門を殺害する。
金を奪った道玄が立ち去ろうとすると、加賀鳶の松蔵が通りかかる。
按摩笛を吹いてそそくさと立ち去る道玄。
松蔵は、死体に気がつき、その場に落ちていた道玄の煙草入れを拾う。
三幕目 菊坂盲長屋の場、竹町質見世の場
おせつの姪・お朝が奉公先の伊勢屋主人から恵んでもらった金を届けにくる。
道玄に邪険にされているおせつを思いやる伊勢屋の親切心からだったが、道玄はそれをタネにお兼を連れて伊勢屋に強請に出向く。
お朝を強姦したから金を与えたに違いないと言いがかりをつける道玄。
お朝が書いたという偽の書置まで見せて金を強請ろうとする。
そこへ丁稚が仲裁役として呼んだ松蔵がやってくる。
松蔵はお茶の水で拾った道玄の煙草入れを見せる。
悪事が露見し、形勢が不利になった道玄は煙草入れを受け取って引き上げようとする。
後腐れがないようにと松蔵は偽の書き置きを10両で買い取ることを提案し、一件落着。
大詰 菊坂道玄借家の場、加州侯表門の場
伊勢屋の強請に失敗した道玄は、腹いせにおせつを縛り上げてお兼と酒盛りをしている。
道玄の家の床下から、犬が太次右衛門の血のついた布切れを掘り出したと大家が告げにくる。
慌てて逃げる道玄だったが、加賀藩上屋敷門前で捕手に捕まり、引っ立てられていく。
私のツボ
乙なもの、あるいは珍味
「加賀鳶」といえば、鉞まげに雷に稲妻の長半纏、革羽織という鯔背な出立の総勢35名もの加賀鳶衆が舞台に並ぶ「木戸前」なのですが、時間の都合により省略されることもあるようです。
今回は、その場面を省略した構成なので描いていません。
まさに江戸の華とも言える加賀鳶たちの壮観な眺めがあってこその薄暗い盲長屋。
通常、粋な梅吉と道玄を同じ役者が二役務めるので、「木戸前」があればこそ道玄の薄汚さが活きるのですが、上演されないなら仕方ありません。
というわけで、道玄メインの薄暗い構成となりました。
悪だくみ→伊勢屋で一芝居→お縄になる
お縄になる場面は舞台美術のみですが、大捕物が終わり、静けさを取り戻した赤門前。
という構成です。
口直しとして粋な松蔵。
松蔵が主人公ならまだしも、なぜこのような薄汚い中年男が主人公なのか疑問が湧きますが、おそらく珍味を楽しむようなものなのでしょう。
クサヤや納豆を楽しむような大人の楽しみではないかと思います。
最近の納豆は匂い控えめが主流ですが、昔ながらのワラ納豆はなかなか濃厚な匂いがしますから、江戸時代であれば尚更強烈であったことでしょう。
くたびれた小悪党の道玄ですが、欲にまみれてかツヤツヤしています。
相方のお兼も色街の出を思わせるアダな色気があります。
臭みも苦味も乙なもの。
道玄の薄汚さは、江戸っ子の渋好みの極みなのかもしれません。
この道玄、これは髪結新三のナレの果てではなかろうかと毎回思ってしまいます。
道玄もお兼も、なんとも食えない奴らですが、清廉潔白なヒーローよりも悪どい人間の方が面白いのもまた事実。
新三と同じく、道玄も演じる俳優さんによって悪と愛嬌の匙加減が異なり、それを観るのも楽しいです。
六代目菊五郎の芸談で「道玄の年齢は、親仁(五代目菊五郎)が四十二というつもりでやっていたんだそうで、私もそのつもりでやっています」とあります。
現代の感覚では四十代というより五十代のような気もしますが、その感覚のズレは昭和と令和の違いなのかもしれません。
幻の死神〜五幕目
滅多に上演されない五幕目の「天神前梅吉内の場、小石川水道橋の場」は、序幕に出てくる加賀鳶頭・梅吉のサイドストーリー。
戦後、4回しか上演されておらず私も見たことがありません。
あらすじは下記の通り。
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梅吉の女房おすがは大の雷嫌い。
同じく雷が大嫌いな子分の巳之助と一つの蚊帳に入ったことを、おすがに横恋慕する雷五郎次に讒訴(ざんそ)され、梅吉に離縁されてしまう。
身持ちの堅いおすがに限って不義はあるはずがないと虚言を疑われた五郎次は、加賀鳶から追い出される。
五郎次が水道橋をトボトボ歩いていると柳の影から死神が取り憑き、誘われるままに身投げする。
折しも同じ川でおすがも身投げ、泳ぎのうまい五郎次に助けられ万事解決。
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この死神の物語が、道玄の話と交互に進む構成です。
筋書と舞台写真で想像するより他ありませんが、この死神が良い味を出していて、死神というより地縛霊でしょうか。
柳の木にひっそり佇むショボショボの死神が、道玄の毒を和らげてくれそうな気もしますが、話があっちこっち飛んで分かりにくいかもしれません。
その漫然とした構成、のびたうどんのような味わいもまた歌舞伎の面白さだと思うので、そのうち通しで上演されないかと淡い期待を抱いています。
浮世絵絵師の豊原国周(とよはらくにちか)が制作した浮世絵「梅幸百種」より。
明治26〜27年。
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