KNPC181 松竹梅湯島掛額(しょうちくばいゆしまのかけがく)

かぶきねこづくし

描かれている人物

枠上左:お七
枠上右:お七
枠下左:吉三郎
枠下右:(左から)釜屋武兵衛、紅屋長兵衛、長沼六郎
背景:お七

絵の解説

吉祥院の欄間の天女になりすますお七

原画

人形振りのお七と黒衣。足が見えないのがポイント。

原画

お土砂をかけまくる紅長
グンニャリする武兵衛&長沼六郎

原画

振りしきる雪の中、吉さん会いたさに火の見櫓に登って太鼓を打つお七

原画

あらすじ

主な登場人物と簡単な説明

・八百屋お七(やおやおしち)
吉三郎と夫婦になりたいが、店の借金返済のため釜屋武兵衛と結婚しなければならない。

・吉三郎(きちさぶろう)
吉祥院の寺小姓。
曽我十郎の遺児。
主君の宝刀・天国(あまくに)を紛失した咎により家を勘当され、刀を探している。

・紅屋長兵衛(べにやちょうべえ)
紅長(べんちょう)の愛称で親しまれている化粧品売り。

・釜屋武兵衛(かまやたけべえ)
八百屋に200両貸している。お七に惚れている。

・長沼六郎(ながぬまろくろう)
源範頼の家臣。

他、月和上人、母おたけ、下女お杉などがいます。

あらすじ

序目 吉祥院お土砂の場
本郷駒込の吉祥院。
本堂には、左甚五郎が彫った天女があしらわれた欄間がある。
木曽の源範頼の軍勢が攻め込んでくるというので、若い娘たちが吉祥院に逃げ込んでいる。
紅長の愛称で親しまれている化粧売りの紅屋長兵衛、八百屋お七と母おたけ、下女お杉もやってくる。

お七はこの吉祥院の寺小姓・吉三郎に惚れていて、夫婦にして欲しいと母に頼む。
釜屋武兵衛から借金をしているため、返済の代わりにお七との縁談を進めていると母に言われ、お七は悲しむ。

そこへ源範頼の家臣・長沼六郎らがお七を探しにやってくる。
お七が欄間の彫り物の天女に似た美しい娘だと聞き、妾にしようと家来を差し向けて来たのだ。
長沼にお七の居場所を問い詰められた住職が「お七はいない」とはぐらかし、一旦長沼らは引き上げる。
いつまた戻ってくるか分からないと、紅長は欄間の天女像を外してそこにお七をいれ、天女像になりすますよう勧め、自分は死人に化けることにする。

再び長沼らが戻ってきて、欄間のお七にしばし見とれた後、お七を探しに行く。
騒ぎを聞いた吉三郎が欄間の下へやってくる。
お七は欄干から降りて吉三郎に思いを打ち明ける。
この様子を見ていた紅長は、お七に仮病を使えと入れ知恵。
お七を介抱するうちに吉三郎はお七の気持ちを受け入れ、夫婦になる約束を交わす。

長沼と釜屋武兵衛は寺中を探すが、お七と母おたけは死んだと聞かされる。
納得がいかない長沼らは、届いたばかりの桶をひっくり返すと、中から死体に扮した紅長が出てきて殴りかかってくる。
怒った釜屋武兵衛が、振りかければ人の体も心も柔らかくしてしまう”お土砂”を見つけ、紅長にかけようとする。
が、逆に奪われ”お土砂”をかけられた釜屋武兵衛はぐんにゃりふにゃふにゃ。
紅長は次々とお土砂をかけて吉祥院は大騒ぎ。
騒ぎに紛れてお七と下女お杉は逃がす。

調子に乗った紅長は舞台にいる役者や裏方さんにお土砂をかけて次々ぐんにゃり。
ここで背広姿の男性が舞台に乱入。
「困ります、お客様」と劇場の女性従業員が靴を片手に追いかけてくる。
紅長は二人にお土砂をかけて、二人ともぐんにゃり。
下手から幕を引きにきた幕引きにもお土砂をかけ、幕引きまでぐんにゃり。
紅長は楽しそうに自ら幕を引いて幕。

大詰 四ツ木戸火の見櫓の場
宝刀・天国の刀を見つけられなかった吉三郎は切腹が決まる。
明日にも切腹かという雪の夜、釜屋武兵衛が宝刀を持ってお七の家にやってくる。
下女お杉は宝刀を盗み出すようお七に勧める。
吉三郎に刀の在処が分かったことを伝えに行こうと夜道を急ぐお杉とお七。
だが木戸は閉まっており、木戸番に頼んでも開けてくれない。
お杉が家に戻ったすきに、お七は吉三郎に会いたい一心で、死罪を覚悟で火の見櫓に登って太鼓を打つ。
そこへお杉が刀を持って戻って来る。
お七は刀を抱え、吉三郎の待つ吉祥院へと花道を引き上げ、幕。

私のツボ

ぶっちぎり紅長劇場

歌舞伎や人形浄瑠璃で滑稽な道化役はチャリと呼ばれ、場面はチャリ場と呼ばれます。
序幕の吉祥院では、紅長のチャリが大爆発。

そもそも源範頼が江戸に攻めてくること自体おかしいのですが、これは歌舞伎ではよくあることなのでさほど違和感なく「という設定」で受け入れてしまいます。
ところどころ笑いを盛り込みながら物語が進みますが、笑って良いのかどうなのか、客席は戸惑いの空気に包まれています。
紅長がお土砂を手にした瞬間から俳優祭かと思うほどはっちゃけ、このあたりで観客もようやく「あ、これは笑わせにきているな」と理解し、控えめなクスクス笑いから大笑いへ。
舞台に乱入する観客も劇場係員ももちろん仕込みです。

時事ネタを盛り込んだギャグ&意味不明なギャグの激しい嵐です。
菊五郎さんの紅長は、いつもの親父さんという感じで面白いのですが、二代目吉右衛門丈の紅長は普段のギャップとあいまって、お腹が捩れるほど笑いました。
ドリフの番組が歌舞伎を取り入れて作られたのはよく知られた話ですが、この「吉祥院お土砂の場」のドタバタぶりは、その定説をしみじみと思い起こさせます。

うって変わって後半は静かで美しく、前半のドタバタコメディとのギャップが大きいです。
この振り幅の広さが歌舞伎の醍醐味でありましょう。
思えばドリフの番組もコントの合間にゲストの歌などが挟まれていたので、いろいろ詰め込む欲張りな構成は日本人に好まれやすいのかもしれません。

というわけで前半と後半を一枚に詰め込んだ構成にしました。

うんちく①お七ものの系譜

お七は江戸時代、最も興味をそそられるヒロインの一人に違いなく、歌舞伎や人形浄瑠璃はもちろん文学から歌謡に絵画まで、数々の作品に描かれました。
それだけ事件がショッキングで、人々の耳目を集めたのでしょう。

お七の事件は、井原西鶴の小説「好色五人女」の巻四「八百屋お七物語」で取り上げられ、たちまち全国に知れ渡り、さまざまな俗説や風説を生みました。
お七をめぐる風説は、お七を小娘の暴挙として嘆く人、暴挙に至らしめた少女の純粋さに同情する人に二分されます。
歌舞伎や浄瑠璃はもちろん同情派で、最初のお七ものは紀海音による浄瑠璃『八百屋お七歌祭文』(1704年)。
借金のために嫌な男に嫁がねばならないお七が狂乱の末に放火する”金ゆえの悲劇”が加えられます。
その後、歌舞伎に脚色されて人気になり、さらなる改作を経て、浄瑠璃『伊達娘恋緋鹿子(だてむすめこいのひがのこ)』(1773年)が生まれ、お七は放火ではなく半鐘を打ち鳴らす演出になります。
さらに吉三郎のお家騒動という要素が盛り込まれます。
そして河竹黙阿弥の『松竹梅雪曙(しょうちくばいゆきのあけぼの)』(1856年)で、現行の演出が完成されます。人形振りもこの台本の時に、四代目市川小団次が始めました。

この「松竹梅湯島掛額」は、『其往昔恋江戸染』(1809年)の「吉祥院の場」と、『松竹梅雪曙』の「火の見櫓の場」を繋ぎ合わせたものです。初演は明治15年(1882年)。

200年近い月日を経て練り上げられた八百屋お七は、いくつかの約束事が生まれます。
お七の恋人は寺小姓の吉三郎。
八百屋の女中はお杉、金貸は釜屋武兵衛。
吉三郎がいる本郷吉祥寺の坊主は弁長。
この弁長が、「松竹梅湯島掛額」で紅長になります。

なお、黙阿弥の”お七もの”は三作あり、先述の「松竹梅雪曙」「吉様参由縁音信(きちさままいるゆかりのおとずれ)」「三人吉三」です。

うんちく②実際の八百屋お七の事件

お七は駒込で八百屋を営む太郎兵衛の娘。
天和元年(1681年)12月28日、江戸の下町を総なめにする大火事・天和の大火が発生。
お七も焼け出され、小石川指ケ谷町の圓乗寺に避難。
そこで出会った寺小姓・左兵衛と恋に落ちる。
家に戻った後も、左兵衛が忘れられないお七。
駒込吉祥寺門前にたむろしていた悪党の吉三郎はお七に横恋慕していたが冷たくあしらわれた腹いせに、お七に放火をそそのかす。
お七は左兵衛会いたさから自宅に放火。
直ちに捕えられたお七は天和三年、鈴ヶ森の刑場で処刑される。

というのが通説です。
”お七もの”では、悪党の吉三郎はお七の恋の相手に昇格しています。
が、そうは問屋をおろさないのが我らが四世鶴屋南北。
二世松井由輔合作の『敵討櫓太鼓(かたきうちやぐらのたいこ)』では八丈小僧吉三と名乗る泥棒実は浪人です。
自分の実の弟になりすましてお七と結婚。
お七も喜んで泥棒の妻となり、二人で泥棒稼業。
やがて、吉三郎は悪行を悔いて出家。
その吉三郎を追いかけるため、お七は櫓に上がり半鐘を鳴らす。
お七は死刑になるが、恩赦で釈放される。

悪党版の吉三郎は、黙阿弥の「吉様参由縁音信(きちさままいるゆかりのおとずれ)」「三人吉三」にも出てきます。
どちらも八百屋お七は出てきませんが、お七の世界のエッセンスがふんだんに散りばめられています。

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