KNPC178 於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)〜お染の七役

かぶきねこづくし

描かれている人物

上段左:(上)後家貞昌、(下)女中竹川
同中央:芸者小糸
同 右:油屋娘お染
下段左:土手のお六
同中央:(後ろ)鬼門の喜兵衛、(手前)丁稚久松
同 右:許嫁お光

絵の解説

駕籠を降りた貞昌

原画

妙見神社に参詣に来た竹川

原画

妙見神社でひと休みする小糸

原画

妙見神社にお参りに来たお染

原画

油屋に強請に来て煙管をふかすお六

原画

喜兵衛と争う久松

原画

さすらうお光

原画

あらすじ

「於染久松色読販」(おそめひさまつうきなのよみうり)鶴屋南北 作

主な登場人物と簡単な説明

・お染(おそめ)
浅草瓦町の質屋・油屋の娘。丁稚の久松とは相思相愛の仲。

・貞昌(ていしょう)
お染の義母。
お染の父亡き後、店を守っているが経営が苦しいため、薬屋の山家屋清兵衛とお染を結婚させようとしている。

・久松(ひさまつ)
油屋の丁稚。奥女中竹川の実弟。
父は主家・千葉家の重宝の午王吉光という刀と折紙(刀の鑑定書)を紛失したため切腹した。
その刀を折紙を探すために油屋に奉公している。

・竹川(たけかわ)
千葉家の奥女中。久松の実姉。
父の汚名をそそぎ、家を再興するため、午王吉光と折紙を探している。

・小糸(こいと)
向島の芸者。お染の兄・多三郎と恋仲。

・お六(おろく)
竹川の昔の召使。鬼門の喜兵衛という悪党と夫婦になり、向島の莨屋(たばこや)でその日暮らし。

・お光(おみつ)
久松の許嫁。

・善六
油屋の番頭。店を乗っ取ろうとしている小悪党。

・多三郎(たさぶろう)
お染の実兄。道楽者。小糸とは恋仲。

・鬼門の喜兵衛(きもんのきへえ)
悪党。お六の亭主。弥忠太の指示で午王吉光と折紙を盗んだ実行犯。
刀と折紙は質屋(油屋)に入れて百両を受けとったが使い込んでしまった。

・鈴木弥忠太(すずきやちゅうた)
午王吉光と折紙を盗み、竹川久松の父に罪を被せた。
小糸を身請けしようとしている。

他、百姓久作、丁稚久太(または久太郎)などがいます。

あらすじ

*演出が異なる場合があります。
序幕
「柳島妙見の場」
浅草瓦町の質屋・油屋の娘のお染は、恋仲の丁稚の久松と妙見神社に参詣に来たがはぐれてしまう。
久松の許嫁・お光がお百度を踏みに神社に来る。
奥女中竹川が弟の身を案じて参詣に来る。
千葉家の侍・鈴木弥忠太が芸者の小糸を連れて神社に来る。

妙見神社の門前。
二人の仲を気にする多三郎は、善六に小糸の身請けをそそのかされる。
多三郎は金を工面するため、店の蔵から盗みだし午王吉光の折紙を番頭善六に渡す。
なお、多三郎が盗み出すところを目撃した丁稚・久太は善六が金を掴ませ江戸から追い払った。
善六がちょうどそこにあった野菜売りの籠に折紙を隠して持ち去ろうとすると、籠の持ち主・百姓久作が戻ってきて喧嘩になる。
久作は額に傷を負うが、通りかかった山家清兵衛が仲裁に入り、古着の袷(あわせ)と軟膏代を久作に渡してその場を収める。
たまたま貞昌が駕籠で通りかかり、清兵衛に婚礼が遅れていることを詫びる。
すれ違った駕籠から土手のお六が降りてくる。
以前仕えていた竹川に呼び出されて料理屋へ向かうところだった。

「橋本座敷の場」
善六と弥忠太が料亭橋本の座敷で密談していた。
弥忠太は、喜兵衛に午王吉光と折紙を盗み出させて質入れさせたが、百両を渡さない喜兵衛に苛立っていた。
お染に横恋慕している善六は、久松がいる座敷にお染が逃げ込んだと聞き、乗り込む。
そこにいたのは弟に会いに来ていた竹川だった。
無礼を咎められた善六と弥忠太はすごすご退散する。

*「橋本座敷の場」は省略される場合があります。

「小梅莨屋の場」
土手のお六と喜兵衛が暮らす莨屋。
竹川から百両貸して欲しいと頼まれたお六は、なんとかして応えたいと思い悩む。
一方、喜兵衛は弥忠太から刀と折紙を渡せとせっつかれているが、質屋から出すには百両が必要である。
それぞれなんとしても百両が欲しい。

そこへ髪結の亀吉と久作がやってくる。
久作は髪を直してもらいながら、妙見神社での喧嘩の話をする。
額の傷に塗る軟膏をもらい、もらった袷の仕立て直しと半纏の修繕をお六に頼んで立ち去る。

折しも、預けられたままの早桶には行き倒れの死体が入っている。
ふと喜兵衛は油屋をゆする計画を思いつき、お六もその妙案に賛成する。

二幕目
「瓦町油屋の場」
油屋の店先。
お六は、久作から預かった袷を見せ「昨日怪我をさせられた野菜売りは自分の弟で、その怪我のせいで昨日死んだ」と言い、駕籠に乗せて運んできた死体を喜兵衛に運ばせる。
「人の命を買うには百両」とゆする二人。

そこへ清兵衛がやってきて、死体の脈をとるとどうも生きている様子。
死体の腹にお灸を据えると、息を吹き返した。
しかもそれは油屋の丁稚・久太で、河豚にあたって気を失っていたのだった。
さらに久作が昨日の礼を言いに姿を見せる。

お六と喜兵衛の目論見は失敗し、空の駕籠を担いで引き上げる。

「油屋裏手二階の場」
お染に久松を諦めて清兵衛に嫁ぐように諭す貞昌。
久松は不義の罪で土蔵に閉じ込められる。
お染は土蔵の窓越しに心中の決意を告げる。

「油屋裏手土蔵の場」
お染は家を抜け出し、駕籠に乗って隅田川へ行く。
午王吉光を盗み出した喜兵衛が、土蔵の壁を破って現れる。
それを追う久松は揉み合ううちに喜兵衛を斬り、探していた午王吉光を手に入れる。

*お染が刀を盗んだ喜兵衛を鉢合わせして、善六が手配した駕籠に押し込められて拉致される展開もあります。
いずれにせよ、お染は駕籠に乗って隅田川へ向かい、喜兵衛は久松に斬られる。

大詰
「向島道行の場」
隅田川で久松はお染の駕籠を待っていた。
久松を恋慕うあまり、気が触れたお光は隅田川をさまよい歩いていた。
善六の邪魔をなんとかかわし、お染と久松は無事に再会し心中しようとするが、お六が駆けつけて二人の命を救う。
午王吉光と折紙が戻りお家再興の目処がつく。
お六も竹川への恩返しができて、めでたしめでたし。

私のツボ

早替わりショー

「お染久松物」と呼ばれる演目で、「新版歌祭文」がよく上演されます。
1710年(宝永7年)1月6日に大坂・油屋の娘おそめと丁稚久松による心中事件を題材にしたもの。
ひと口に早替わりショーといえども実際に観てみるとよくできていて、人力スペクタクルです。

特に「柳島妙見の場」では、南北おなじみの序幕で主要人物ほぼ全員を同じ空間に集める手法により、早替わりの七役が次々登場するという忙しさです。
七役も早替わりする必要ないのでは?と思うなかれ、これぞ歌舞伎のサービス精神です。
歌舞伎には高い芸術性もありますが、それよりも勝るのがエンターテイメント性で、このバランスが歌舞伎の魅力といえましょう。
良く言えば芸術や伝統芸能というカテゴリに胡座をかかない、悪く言えば節操が無いとも言えます。

ここで、歌舞伎をカイミーラ(キマイラ)に喩えたかの有名な坪内逍遥の評。

ところが此カイミーラの生長最中に、外から来て、おぶさって、ぴったりと附着して、それ以来離れなくなってしまった一怪物がある。それは浄瑠璃劇ー即ち操り芝居脈ーといふ竜である。此竜が歌舞伎の後脚部で合体するやうになってからは、それがいよいよ以て端倪すべからざる不思議な怪物になった。
「歌舞伎劇の徹底的研究」大正7年5月 / 逍遥全集第十巻所収

舞踊劇・科白劇・楽劇の三種を合体させた怪獣という意味ですが、この評から100年近くの時を経て、怪獣はさらに進化しました。
芸術性とエンターテイメント性と相反する性質を内包する怪獣に進化していると思います。
細分化かつ複雑化し、流行り廃りの早い現代のエンターテイメント界に蹴落とされるどころか、ゴリゴリ食らいつく貪欲さ。
インド神話も漫画も歌舞伎という怪獣に呑み込まれ、見事に歌舞伎化されてしまう。
新作は、いかに歌舞伎化されてしまったのかを観るのが楽しいです。人力スペクタクルの妙を観るのも楽しい。
古典と新作と、どちらも楽しいです。古典あっての新作だとは思いますが。

話を戻しまして、
この演目は早替わりショーもありながら物語もきっちりあるという南北らしい欲張った作品です。
ということで欲張って七役描きました。
「新版歌祭文」は好きな演目で、お染ちゃんもお光ちゃんもどちらも可愛らしくて大好きで、二人の衣装に並々ならぬ集中力を注ぎました。

久松は動きを出したかったのと、優男らしく弱々しげなところを見せたかったので、喜兵衛との絡みにしました。
喜兵衛の衣装は、通常は俳優の家紋に由来した紋様をあしらった白地の浴衣です。

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