描かれている人物
KNPC38:「扇ヶ谷表門城明渡」大星由良之助
お蔵入り:「花献上」顔世御前
絵の解説
「扇ヶ谷表門城明渡」
塩谷家の館を明け渡し、静かに立ち去る由良之助。
その胸中やいかに。
「花献上」
幽閉中の塩谷判官を慰めるため花を活ける顔世御前。
師直を拒絶したせいだと自分を責める顔世。
視線の先には原郷右衛門と斧九太夫がおり、判官に下るであろう処遇について話している。
あらすじ
「仮名手本忠臣蔵」四段目
主な登場人物と簡単な説明
・大星由良之助(おおほしゆらのすけ)
判官が治める伯耆国の国家老。モデルは大石内蔵助。
・塩谷判官(えんやはんがん)
伯州城主の大名。殿中で高師直を斬りつけた咎により切腹を命じられる。
・顔世御前(かおよごぜん)
塩谷判官の妻。高師直に横恋慕されている。
・原郷右衛門(はらごうえもん)
塩谷家の諸士頭。忠誠心に篤く、由良之助の右腕的存在。
・斧九太夫(おのくだゆう)
塩谷家の家老。欲深く、忠誠より金が大事。塩谷家が取り潰しになった後は師直側に寝返る。
赤穂家の家老、大野九郎兵衛がモデル。
他、大星力弥、石堂右馬之丞、薬師寺次郎左衛門などがいます。
あらすじ
「花献上」
*歌舞伎では省略されることが多い。
殿中で高師直を斬りつけた咎で謹慎中の塩谷判官を慰めようと花を生ける顔世御前。
今日は、判官の処遇が決定され、その上使が来る日であった。
顔世は、師直の求愛を拒んだばかりに夫を窮地に追い込んでしまったと自らを責める。
「塩谷判官切腹」
*通常ここから
石堂右馬之丞、薬師寺次郎左衛門の二人の上使が来て、塩谷判官は切腹、領地は没収と申し渡す。
すでに覚悟を決めていた判官は死装束を整えており、切腹の準備が粛々と進められる。
やっと国から駆けつけた由良之助に、無念の思いを告げ絶命する。
判官の亡骸は、髪を切って出家した顔世御前と家臣たちに付き添われ、菩提寺へと向かう。
「城明け渡し」
由良之助は仇討ちしようとはやる若侍たちを抑え、館を明け渡す。
代々仕えてきた城を後にした由良之助は、判官切腹の形見の刀を見つめ、ひとり静かに決意を固めるのだった。
私のツボ
苦悩の由良之助
城を明け渡してからは、由良之助の一人芝居のようなもので、由良之助ファンとしてはたまらない場面です。
形見の腹切刀についた血を見つめながら涙を流し、無念の涙を流す由良之助。
主君を失った悲しみが、師直への怒りへと変わり、やがてそれは憎しみとなり、そして仇討ちを決意する。
これを派手な動作やセリフなしで、いわば肚芸で見せるのですが、これがたまりません。
そして固い決意を胸に秘め、城を後にしての送り三重。
苦悩する男というものは、どうしてこうも素敵なのでしょうか。
絵に描いた由良之助は、”でも侍”たちをなだめて帰し、一人になって花道を引き上げる時の由良之助。
いろいろ後始末を終えて、ようやく一人になり、一瞬の空白の表情。
この後、さまざまな思いが去来して刀を手に涙するのですが、その直前です。
家老・由良之助から、一人の人間・由良之助に切り替わる瞬間です。
花献上あるいは花籠
「花献上」は、浄瑠璃では「花籠の段」と呼ばれ、必ず上演されますが、歌舞伎では省略されることが多いです。
「花献上」があると、顔世御前の人柄がより明確になります。
このような状況に夫を追い込んだのは、師直の求愛を拒絶したせいと自分を責める顔世御前。
悪いのは好色な師直なのですが、女性の立場は弱い封建社会ですから、自分を責めてしまうのも無理はありません。
さらに、恥をかかせるために「さよごろも〜」の和歌を送りつけたとあり、あの歌を選んだ真意もわかって色々納得できます。
この場面があると、塩谷家の悲劇と師直の非道さが際立ち、俄然由良之助たちを応援する気持ちになるというものです。
ついでに斧九太夫の性根の悪さも垣間見られるというオマケつき。
「評定」の場面で、 がめつさと性根の悪さを披露する九太夫ですが、お家断絶という不測の事態において、やり場のない気持ちが言わせてしまった暴言だと思っていました。
顔世御前の前でヌケヌケと、「(判官は)軽うて流罪、思うて切腹」と言い放ち、そもそも金をケチって賄賂を贈らなかっただの、師直に楯突くから悪いだの、言いたい放題です。
よく家老を務められたわと思いますが、かような人材も政治には必要だということでしょう。
現行ですと、「大序」の次に出てくるのが判官が切腹した後、焼香の場になります。
もちろん夫の死を悲しんでいるわけですが、その胸の内が描かれていないのでどうしても存在感が薄くなってしまいます。
また、桜を生けていることで、刃傷事件から二ヶ月ほど経っていることもわかります。
「花献上」は視覚的にも華やかなので、ぜひ上演して欲しいものです。
2016年の国立劇場での通し狂言で初めて観ることができたので、記念の一枚。
余談ですが、腰元たちの着物が何色なのか観る前から楽しみでした。
今のところ、腰元の衣装は淡いピンクの無地が一番多く、鮮やかな青の無地もあります。
腰元は複数いるので、並ぶと美しく壮観です。
「花献上」では紫の無地で、「仮名手本忠臣蔵」は紫の衣装がよく使われるので、そのせいかなとも思いましたが、「新薄雪物語」の「詮議」の場面での腰元たちも紫の無地を着ているので、腰元の衣装としては珍しくない色なのでしょう。
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