描かれている人物
KNPC40:「足利館門前進物」(左から)加古川本蔵、鷺坂伴内
KNPC39:「足利館松の間刃傷」(左から)鷺坂伴内、桃井若狭之助、高師直
KNPC41:「足利館松の間刃傷」(左から)塩谷判官、高師直
絵の解説
「足利館門前進物」
未明の足利館門前。
伴内の袂に賄賂を納め、師直との取次を頼む本蔵。
「足利館松の間刃傷」
桃井若狭之助に会うなり平身低頭、謝る師直。
若狭之助の足にしがみつく伴内。
「足利館松の間刃傷」
塩谷判官を侮辱する師直。
「コリャまるで鮒だ、鮒だ、鮒侍じゃ」
あらすじ
「仮名手本忠臣蔵」三段目
主な登場人物と簡単な説明
・桃井若狭之助(もものいわかさのすけ)
血気盛んな若い大名。
八幡宮で師直に辱められたことが許せず、師直を討つつもりで登城した。
・加古川本蔵(かこがわほんぞう)
桃井若狭之助の家老。
事前に師直に賄賂を贈って師直を懐柔、事態を収束させる。
・高師直(こうのもろなお)
足利直義の執事。権力者。若狭之助や塩谷判官よりも立場は上。
・鷺坂伴内(さぎざかばんない)
師直の家来。半道敵。おかるに横恋慕している。
・塩谷判官(えんやはんがん)
足利直義の御馳走役(饗応役)の一人。
他、おかる、早野勘平などがいます。
あらすじ
桃井若狭之助の屋敷から馬を走らせ、登城する高師直たちに追いついた本蔵。
若狭之助からと、師直と伴内に莫大な賄賂を贈る。
*この後、おかるが出てきて「文使い」の場面がつく場合があるが、現行ではほぼカットされる。
顔世御前から預かった師直宛の文を、勘平に届けに来る。
というのは口実で、恋人の勘平会いたさに早々と手紙を持ってきたおかる。
途中、伴内の邪魔が入るが、二人で手を取り合って門外へ。
賄賂を受け取った師直は態度を豹変させ、斬りかかろうとする若狭之助に平謝りして詫びる。
拍子抜けした若狭之助が立ち去ると、心にもない謝罪をしたのが不愉快で悪態をつく師直。
遅れて登城した塩谷判官が、師直の元へ挨拶にくる。
と、そこへ顔世からの拒絶の文を茶坊主が届けにくる。
(塩谷判官が文を持参する演出もある。)
若狭之助への腹いせと、顔世に振られた悔しさから、塩谷判官に悪態をつく師直。
エスカレートする罵詈雑言に堪えきれなくなった判官は、師直を斬りつけてしまう。
しかし主人を案じて衝立の背後に潜んでいた加古川本蔵に背後から抱き止められた判官は、とどめをさせぬまま取り押さえられてしまう。
*この後、「裏門外の場」がつく場合があるが「文使い」と同様に、現行ではほぼカット。
おかると勘平が城に戻ると門が閉まっていて入れない。
主人の一大事にそばにいなかった自分を恥じて切腹しようとする勘平。
ひとまず、おかるの故郷である京都・山崎まで二人で逃げることにする。
私のツボ
大人の事情あれやこれや
本蔵から賄賂を受け取って、あっさり手のひらを返す師直の、その豹変ぶりが面白い。
武士としてのプライドは微塵もなく、これが彼なりの処世術なのでありましょう。
そこを心得た本蔵の賢さ。
この主君にしてこの家臣あり、の伴内。
人間の狡猾さが描かれていて、私は大好きな場面です。
ここで本蔵が賄賂を贈らなかったら、塩谷家はお家取り潰しにはならなかったでしょう。
塩谷判官の代わりに若狭之助が切腹、桃井家は断絶。
どのみち小浪と力弥は結ばれなかったということになります。
貧乏くじを引かされた塩谷判官が不憫です。
悲しいのは、本蔵のおかげで危機を回避できた若狭之助は、事の真相におそらく一生気がつかないであろうこと。
殿様は良い気なもんだ、と思いますが、現実ではよくあることです。
結局、忠臣蔵の事件は”金と色”が巻き起こした、なんとも人間くさいドラマであり、だからこそ今も色褪せず面白いのでしょう。
忠臣蔵の色彩
「大序」で黄色く色づいた銀杏に触れましたが、「忠臣蔵は色彩の舞台である」と評した小山内薫氏の通り、「忠臣蔵」は色彩のコントラストが美しい。
「松の間」では、その名前の通り背景に描かれた松が美しいのはいうまでもありませんが、師直の赤ら顔と塩谷判官の白塗りの顔の対比が際立っています。
白塗りの塩谷判官が、怒りで顔がどんどん青ざめていくように見え、師直は興奮してどんどん顔が赤くなっていくように見えます。
ここの場面の師直は本当に嫌味たっぷり脂たっぷりで、憎たらしく、悪役ここに極まれりです。
憎々しさも極まると滑稽に見えるのか師直の表情が面白く、本当に大好きな場面です。
憎たらしいですが。
絵に描いた「鮒侍だ」がこの場面でのピークといえましょう。
判官が刀を抜いて切りつける場面の方が分かりやすいかもしれませんが、動きのある場面は舞台を見た方が良いわけで、そこに至るまでのドラマを描く方がよほど描き甲斐もあるというものです。
顔世の返答
武蔵鐙の恋文の返答やいかに。
さなきだに 重きが上の 小夜衣 わがつまならで つまな重ねそ
「新古今和歌集」に収められた寂然法師の歌です。
妻と親しむことですら仏法では女犯の重罪なのに、人妻と不倫するのは邪淫の大罪である、という意味。
人妻に思いを寄せること自体を諌める内容です。
師直の気持ちへの返答はせず、道徳論に敷衍する答え方は賢いです。
これには流石の師直も「貞女でござるな」と苛立ちを隠せません。
この師直への手紙ですが、顔世御前は夫・塩谷判官が饗応役で忙しい時に、何かトラブルになっても困るので、後日届けようと思っていました。
それを、おかるが勘平会いたさに手紙の使いを乞い受けました。
家同士の恋愛は御法度ですから、普段は人の目もあって、おかるも勘平も自由に会うことがかないません。
勘平が塩谷判官のお供で登城すると知り、この機会を逃してはなるまいと、手紙を持っていったというわけです。
ここで、おかるが手紙を届けなければ、刃傷事件は起こらなかったかもしれません。
全てが裏目に出てしまう「仮名手本忠臣蔵」です。
コメント