KNPC162 「角力場(すもうば)〜双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」

世話物

描かれている人物

丸枠左上:(上から)角力弟子團子山、角力弟子閂(かんぬき)、与五郎と茶亭金平
赤枠右上:濡髪長五郎
赤枠左下:放駒長吉
丸枠右下:(上から)平岡郷左衛門、三原有右衛門、藤屋吾妻

絵の解説

原画

濡髪の部屋着を一緒に着て上機嫌で花道を引っ込む与五郎と茶亭金平

原画

濡髪長五郎の弟子たち。
濡髪の荷物を持ちます。

原画

幕切の見得。
この前に濡髪が茶碗を素手で割り、放駒は素手では割れず、こっそり脇差の柄でヒビを入れて割る。
舞台では双方の足元に茶碗の破片が落ちている。


修正パーツ(紐の色を修正、刀追加)

あらすじ

主な登場人物と簡単な説明

・濡髪長五郎(ぬれがみちょうごろう)
大坂随一の人気力士。実力も貫禄もある関取。

・放駒長吉(はなれごまちょうきち)
搗米屋(つきごめや:精米店)の倅。アマチュア力士。
すでに両親はなく、姉と二人で搗米屋を細々と営んでいる。
悪友達と縁が切れず、姉に心配ばかりかけている。

・与五郎(よごろう)
豪商・山崎屋の若旦那。
妻がいる身でありながら、藤屋の遊女・吾妻と将来を約束した仲になる。
つっころばしの典型。

・吾妻(あづま)
藤屋のお抱え遊女。与五郎と恋仲だが、平岡に言い寄られている。

・平岡郷左衛門(ひらおかさとえもん)
放駒を抱える武家の侍。横領金で吾妻を身請けしようと狙っている

他、三原有右衛門、茶亭金平、仲居おたけ、仲居おすず などがいます。

あらすじ

「双蝶々曲輪日記」二段目
大坂堀江の相撲小屋の前。
今日の呼び物は関取濡髪長五郎と飛び入りの駆け出し放駒長吉の取り組み。
そこへ若旦那の与五郎が贔屓の濡髪を応援に来る。

大詰の勝負は、意外にも放駒の勝ち。
この勝負には裏があった。
濡髪の主筋の与五郎は遊女の藤屋吾妻に惚れている。
その吾妻を身請けしようとしている侍・平岡郷左衛門は放駒の後援者。
濡髪は放駒に勝負を譲る代わりに、吾妻から身を引くよう平岡に頼んでもらうつもりだった。

濡髪は、勝負に負けて納得がいかない与五郎をなだめ、吾妻の身請けの件はなんとかするからと家に返す。
後援者たちと食事に行った放駒を呼び出し、濡髪はいきさつを話す。
そもそも今日の試合は、放駒の贔屓筋である平岡の頼みによるもの。
関取と素人では勝負になるはずもなく、平岡と放駒の面子を立てて負けたこと。
その代わり、平岡に吾妻を身請けしないよう頼んでくれ、と。

八百長相撲と知った放駒は怒り、濡髪の頼みを聞くどころか喧嘩になり、睨み合いで幕。

後日談〜四段目「米屋」
「角力場」の後、「井筒屋」「米屋」の段があります。
通し狂言の時に上演されます。
あまり上演されません。
「井筒屋」は与五郎と吾妻をめぐるトラブル。

放駒の姉・お関は親代わりとして弟の面倒を見ている。
悪友となかなか縁が切れず、不良少年として近所から疎まれている放駒に意見する姉。
そこへ先日の決着をつけようと濡髪がやってくる。
姉弟の気持ちに打たれた濡髪は改心し放駒と義兄弟になる。

私のツボ

衣装について

放駒長吉の一途で溢れる若さと、ベテラン力士濡髪の貫禄と肚。
青春真っ盛りの若者と、酸いも甘いも噛み分けた苦労人。
二人の力士の対比がこの演目の見どころです。

衣装も対照的で、濡髪は黒に綱サガリの柄でどっしりした印象。
紋と扇子は相撲行司の軍配です。

対する放駒は紫に暴れ馬と桜の花びら。
放駒は”放れ馬”と同義で、綱から放たれて走る馬のことを指します。
古い言葉で万葉集の歌にも登場します。
裏地も赤と浅葱の段鹿子、草履の鼻緒も帯も赤と、若々しい色使い。
上方では紫に将棋の駒模様の場合もあります。

なお、濡髪の衣装も、俳優さんによってグレーにする場合もあるようです。

ほんのり香る浪花節

どっしり構えた濡髪と、ちょこまか動く放駒。
贔屓から送られた幟が揺れ、熱狂の後の角力小屋、揺れる柳の向こうを流れる涼しげな川面。

濡髪は勝負よりも与五郎への恩義が勝りますが、まだ若い放駒にはそれが理解できず馬鹿にされたと怒る。
最初は低姿勢に出ていた濡髪が、だんだん怒りをあらわにしていく過程が見どころだと思います。
ただ、若さだけでなく、放駒にとっては力士になることが心の拠り所だったろうと思うので、受け入れられないのも想像に難くありません。

それぞれに譲れない意地があり、張らざるを得ない見栄がある。
放蕩の限りを尽くす与五郎は豪商のボンボンとしての見栄と意地、平岡は侍としての意地を張っていたのだろうと思います。

どんなに不条理であっても、常識や道義よりも義理人情を優先してしまう。
皆何かしら問題を抱えており、それを胸の奥にしまいながら生きている。
そして問題は解決するどころか、ややこしくなっていくのが人の常。

楽しくて賑やかな演目ですが、ほんのり香る浪花節のエッセンスにしんみりする上方らしい演目です。
男たちの意地の張り合いなので、上方というより浪花または大坂の文字のほうがしっくりきます。

というわけで、濡髪と放駒の意地のぶつかりがピークに達する幕切を描きました。
物事には必ず原因があるので、二人の達引の原因を作った主要な登場人物も配置。
ただし濡髪と放駒を目立たせたかったので、小さめに配置しました。

いちびり

前半は与五郎と茶屋の親父・金平のやりとりが可笑しく、コントのようです。

茶屋の亭主・金平に、贔屓の濡髪を褒められるとすっかり気前が良くなって「これもあげましょ」とお金に財布、羽織まで持ち物を次々と亭主にあげてしまいます。
与五郎がつっころばしの典型なら、金平は太鼓持ちの典型といえましょう。
調子に乗せる者と乗せれられる者。
最後は二人仲良く、一つの着物にくるまって花道を引き上げます。
いちびり者(お調子者)を戯画化した上方らしい場面だと思います。
与五郎も金平も実際に身近にいたら迷惑ですが、さらっと笑わせてくれる楽しい場面です。
この後に続く、濡髪と放駒のビリビリしたやりとりを際立たせます。

与五郎と放駒長吉は同じ俳優さんが兼ねる演出もあります。
「角力場」のみの上演の時は一人二役が多いようです。

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