描かれている人物
手前:(左から)桜丸、松王丸、梅王丸、杉王丸
後方中央:藤原時平
絵の解説
吉田神社にて
〽顕れ出でたる時平の大臣
牛車を壊しながら登場する時平。
時平の迫力にたじろぐ桜丸、梅王丸。
睨む松王丸。
得意げな杉王丸
あらすじ
主な登場人物と簡単な説明
・梅王丸(うめおうまる)
三兄弟の長男。菅丞相の舎人。
・松王丸(かんしょうじょう)
三つ子の次兄。
藤原時平の舎人。
菅丞相失脚後は、二人の兄弟と対立する。
・桜丸(さくらまる)
三つ子の末弟。皇弟斎世親王に舎人として仕える。
親王と苅屋姫の仲をとりもつが、それが原因で丞相が失脚してしまう。
・藤原時平(ふじわらのしへい)
左大臣で、菅丞相の政敵。菅丞相を陥れ、太宰府に左遷する。
藤原北家の嫡流で、摂政関白太政大臣基経の長男。
京都の吉田神社は藤原氏の氏神社。
・杉王丸(すぎおうまる)
時平の舎人。
三兄弟と血縁関係にはない。
松王丸の引き立て役。
初代中村仲蔵が考案した演出。
あらすじ
「菅原伝授手習鑑」全五段のうち、三段目「車引」
吉田神社に程近い土手の上で桜丸と梅王丸がすれ違う。
桜丸は菅丞相の失脚の原因が自分にあること、梅王丸は園生の前の行方がわからず、双方憔悴している。
「是非も無き世の有様じゃなぁ」と嘆き合う二人。
そこを通りかかった舎人の話から、時平が吉田神社へ参詣すると知り、二人は勇んで神社へ向かう。
吉田神社。
時平の行列を阻む梅王丸と桜丸。
舎人や仕丁らとやり合っているところへ松王丸が登場し、二人を阻む。
三兄弟で押し問答するうち、牛車を破って藤原時平が登場。
その迫力に圧倒され、身動きができない梅王丸と桜丸。
松王丸は二人を成敗しようとするが、時平は松王丸に免じて二人を許す。
幕。
私のツボ
太棹と化粧声
歌舞伎を観始めた頃、歌舞伎らしい演目ということで歌舞伎に詳しい友人に勧められたのが「車引」。
友人曰く、派手で荒事の様式美がたっぷり詰まっているとのことで、このフレーズは「車引」の紹介にもよく用いられます。
そもそも荒事の様式美とはなんぞや、とよく思うのですが、
荒事の力強いスタイル(衣装や隈取り、見得など)が呼応しあって生み出すアンサンブルのことだろうと私は捉えています。
メインの役、ここでは三兄弟と時平ですが、彼らの動きや存在を繋げて舞台の上でまとめるのが、太棹の力強い音と「アーリャ、コーリャ」という化粧声。
この化粧声はさながら声明や祝詞のようで、何やら原始的な儀式を見ているような錯覚に陥ります。
この音楽というより野太い音響と呼ぶ方がふさわしいかのような太棹と化粧声、そして派手な装束の登場人物たちが繰り広げる不思議な動き。
視覚と聴覚と、それらが絶妙なバランスで展開していく舞台こそが荒事の様式美ではないかと思っています。
見得が決まる瞬間は、ひと呼吸かふた呼吸の束の間であれ当然動きが止まりますので、その一瞬の緊張感を平面に落とし込みたいと思いながらいつも描いています。
衣装と色彩について
歌舞伎演出ならではの様式美がたっぷり詰まった「車引」。
見得もたくさんあり、梅王丸の飛び六方もありますが、ここはやはり時平の登場が一番の見せ場なので、勢揃いの「吉田社車引の場」を描きました。
時平を頂点に、三兄弟と均整の取れた三角形を形成します。
杉王丸が梅王丸のすぐ隣にいますが舞台ではもっと離れています。
三兄弟は童子格子(どうじこうし)と呼ばれる紫の太い格子縞の衣装。
襦袢は桜丸と梅王丸が赤で、松王丸は白。
それぞれ役名にちなんだ刺繍が施されています。
松王丸も昔は揃いの赤でしたが、五代目松本幸四郎以降は白になりました。
座頭がつとめる松王丸が目立つようにと考案された演出のようです。
松王丸の分身ともいえる杉王丸が前触れとして登場するのも、松王丸を目立たせる演出の一環です。
なお、上方の演出では桜丸が朱鷺色(ときいろ:淡いピンク)の襦袢を着ることもあります。
桜丸はおっとりとした和事の役柄なので、それを際立たせる上方ならではの演出です。
時平が被る冠は金巾子(きんこじ)と呼ばれ、天皇を象徴するものです。
ここにも天皇を詐称する時平の貪欲な企みが表れています。
衣装は上下とも白衣姿ですが、袴が朱色の場合もあります。
紅白が中心の色となる舞台ですが、差し色として重要なのが後ろに並ぶ仕丁の着付の緑。
そして壁の窓の緑。
適度に補色が配色され、よくよくバランスの取れた色彩構成だなと感心します。
隈取りについて
かぶきねこづくし®️を描き始めた頃、眉毛と隈取りは描いていませんでした。
理由は家や俳優さんによって異なること、意匠権の問題などなど。
が、この「車引」から隈取りも描くことになりました。
「商品にする以上は、できる限り正確に描いてほしい」と監修からお達しがあったため。
かぶきねこづくし®️が認められたようで嬉しかったのをよく覚えています。
隈取りなしで描きあげていた「車引」の絵を引っ張り出して、再度アクリル絵具で加筆しました。
そのようなこともあり、とても思い入れのある一枚です。
隈取り追加の修正が入ったのは三兄弟と時平だけで、杉王丸は隈取りなしです。
ただ、眉毛なしの比率で顔を描いていたので、眉毛を書き加えるとどうにも付け眉毛感が否めません。
梅王丸に至っては顎を上げているので、描きにくいことこの上ありません。
これ以降、隈取りを入れる場合は基本的には白猫、隈取り全体が判別できる角度で描くようになりました。
絵を描くうえで、私なりのリアリティを持っていたいので、かぶきねこづくし®️界においては隈取りはステンシルあるいは毛染め、眉毛は付け眉毛という設定にしてあります。
なお、「髪の毛がないのにどうやって固定しているのか?」と質問をよくいただく簪ですがこれは糊または米粒と静電気で固定しています。
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