描かれている人物
上:(左から)米之助、お蝶、幸太郎
赤枠左:お蝶
赤枠右:幸太郎
絵の解説
震災に見舞われた江戸から逃げ、栃木宿の百姓米之助に助けられ荷船に乗るお蝶と幸太郎。
江戸に戻って人気役者になった幸太郎。
お蝶との別れから六年。
旅巡業で栃木宿に来たが、お蝶は病気になって行方知れずと聞き、涙を流す。
「必ず見に行くよ。 淡路屋!」
幸太郎改め中村若之助一座の船乗り込みを、巴波(うずま)川の橋の上から見送るお蝶
幸太郎はダルマの絵付けを生業とした。
そのダルマと、二人で植えた花魁草。
あらすじ
主な登場人物と簡単な説明
・お蝶(おちょう)
吉原の女郎。幸太郎より10歳年上。
母親が嫉妬から男を刺殺してしまい、自らも同じ過ちを犯した暗い過去がある。
幸太郎の将来を思って自ら身を引く。
・幸太郎(こうたろう)
猿若町の大部屋役者。
お蝶と江戸を逃げ延び、栃木でダルマの絵付職人としてつつましく暮らす。
・米之助(よねのすけ)
純朴で心優しい栃木の百姓。
女房のお松と共に、幸太郎とお蝶の世話を何かとやく。
他、勘左衛門、お栄などがいます。
あらすじ
北條秀司 作
安政の大地震に見舞われた江戸。
中川の土手で、江戸から逃げてきた女郎のお蝶と歌舞伎役者の幸太郎が出会う。
二人は栃木宿に帰る百姓の米之助の荷舟に助けられる。
米之助の庭先に借家して一年、お蝶と幸太郎はおば甥と世間を憚り、ダルマの絵付けで細々と暮らしていた。
お蝶は幸太郎に心底惚れるようになるが、自らの暗い過去のため、その気持ちを封印している。
そんな折、江戸の中村座が復興し、贔屓筋から復帰を説得された幸太郎は、お蝶と一緒に江戸に帰る。
やがて、幸太郎の出世を願うお蝶は姿を隠す。
六年後、人気役者中村若之助に成長した幸太郎は巡業で栃木宿の元の家を訪れる。
そこにお蝶の姿はなく、昔二人で植えた花魁草が咲いていた。
お蝶は二年前から行方がわからないと米之助から聞かされ、悲しむ幸太郎。
役者の船乗り込みを見るため、巴波川の橋の上には多くの人が集まっていた。
その中に、立派な役者になった幸太郎を見つめるお蝶の姿があった。
幕
私のツボ
ゆく川の流れは絶えずして
下野の栃木宿が舞台で、ススキが生い茂っていたり、沢庵用の大根が軒下にたくさんぶら下がっていたり、ひなびた田舎の景色の舞台美術が宜しいです。
地震の火事を逃れて偶然出会ってしまった二人。
出会いと別れ。
二人のささやかな幸せな暮らしを知るのはダルマと庭に植えた花魁草。
川のたもとで出会って、川で別れる二人の男女。
同じ船に乗って新たな人生を共に歩み、そして船を降りて、それぞれ別の道を歩む二人。
真紅の襦袢姿で呆然とするお蝶と、そのそばで同じく呆然と座る幸太郎の場面も色彩的に絵になって良いのですが、これはまだ出会った瞬間です。
米之助の船に乗らなければ栃木での新しい生活は無かったわけで、ただ土手で言葉を交わすだけで終わったかも知れません。
次の人生が流れ始めた瞬間、ということで米之助の船に乗る二人を描きました。
王道テーマ
歳の離れた恋愛はよくあるテーマで、年上の女 × 思春期の少年または青年の組み合わせは映画の王道パターンです。
切ない恋愛からお色気コメディまで、フランスとイタリアに多いような気がしますがあくまで私見です。
だいたい最後は女が青年または少年の将来を思って身を引きます。
結果的には悲恋ですが、でもお互いの未来のためにはそれが最適解であろうという切ない結末が多いです。
「花魁草」もまた似たような展開ですが、大きく異なる点は、お蝶と幸太郎がプラトニックな関係であること。
お蝶が自らの血筋を恐れて一線を越えないようにしていたからですが、なにより幸太郎が自分に向ける感情は恋愛ではないことを見抜いていたからだと思います。
そこにあるのは母を慕う気持ちに似た感情で、それも愛情に違いありませんが、男女の恋愛感情ではありません。
一緒に震災を乗り越えて生き抜いてきた同志愛もあるでしょう。
幸太郎は恋愛経験が乏しそうなので、その辺の微妙な違いは分からないかもしれません。
好青年なのですが、純真すぎて知らないうちに人を傷つけるタイプではなかろうかと思います。
悪意がないのでこれまた悲劇です。
あるいは、仮にも役者ですから無意識を装いつつ年増女の恋心を利用したかも知れません。
私の意地の悪い深読みかも知れませんが。
お蝶の感情の機微が細かく描かれており、私がお蝶でも同じ選択をするだろうなと、つい感情移入してしまう演目なのでした。
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