描かれている人物
KNPC46:弁天小僧菊之助
KNPC168:(左から)
絵の解説
正体を見破られ、浜松屋で名乗りをあげる弁天小僧菊之助
稲瀬川勢揃いの場
左から:南郷力丸、赤星十三郎、忠信利平、弁天小僧菊之助、日本駄右衛門
あらすじ
二世河竹新七(後の河竹黙阿弥)作
主な登場人物と簡単な説明
・弁天小僧菊之助(べんてんこぞうきくのすけ)
美形の盗賊。兄貴分の南郷力丸と組んで美しい娘に化けて強請を働く手口。十七歳。
・南郷力丸(なんごうりきまる)
小田原の漁師の息子。十七歳。
弁天小僧とつるんで悪事を働いていたが日本駄右衛門の手下となる。
娘に化けた弁天小僧と強請に行く時は、お供の若党・四十八(よそはち)と名乗る。
・赤星十三郎(あかほしじゅうざぶろう)
元は信田(しのだ)家の中小姓で優しい風情の色男。五人衆の中で一番若い。といっても十四〜六歳といったところでしょうか。
・忠信利平(ただのぶりへい)
もとは赤星の家来筋。剣術の達人。年齢は不明ですが、おそらく十代後半〜二十代前半。
・日本駄右衛門(にっぽんだえもん)
盗賊たちの頭領。十四歳から放浪の身となり、盗賊になる。四十代。やむなく実の子を捨てた過去がある。
他、浜松屋幸兵衛、浜松屋宗之助、青砥左衛門藤綱などがいます。
あらすじ
通し狂言の外題は「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」
「浜松屋」「勢揃い」のみ上演の外題は「弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)」
これまでの経緯
・千寿姫の許嫁・信田小太郎に化けた弁天小僧と奴に化けた南郷力丸は、千寿姫を騙して重宝・胡蝶の香合を手に入れ、姫を誘拐する。(初瀬寺花見の場)
・正体をあらわした弁天小僧から、本物の小太郎は旅先で命を落としたことを告げられた千寿姫は谷底に身を投げる。大盗賊の日本駄右衛門があらわれ、小太郎の形見の香合をめぐって弁天小僧と争う。弁天小僧と南郷は、駄右衛門の手下になる。(神輿ヶ嶽の場)
・千寿姫を助けられず死のうとする赤星十三郎を忠信利平が止める。利平が駄右衛門の手下であることを打ち明けると、赤星も手下になる決心をする。(稲瀬川谷間の場)
浜松屋見世先の場
鎌倉雪の下の呉服屋・浜松屋にお浪と名乗る美しい娘が若党を共に訪れる。
お浪が万引きしたと思った番頭がお浪の額に算盤で傷をつけてしまう。
そこへ玉島逸当(たましまいっとう)という侍が現れ、お浪の正体を見破る。
お浪は弁天小僧菊之助、若党は南郷と正体を明かすが、開き直って悪態をつく。
額の傷の膏薬代として二十両受け取り、二人は立ち去る。
*以下、通し狂言以外ではカットされます(蔵前の場)
浜松屋から信用を得た侍の正体は駄右衛門で、大金をせしめるために弁天小僧らと示し合わせた芝居だった。
ところが、偶然、弁天小僧こそが浜松屋の息子で、浜松屋の宗之助は駄右衛門の息子だったことが分かる。
弁天小僧と南郷力丸が浜松屋に戻ってきて、四人は十七年ぶりの再会を喜ぶ。
しかし捕手が迫り、餞別にもらった着物を手に駄右衛門たちは逃げる。
稲瀬川勢揃いの場
稲瀬川で勢揃いした五人はそれぞれ名乗りをあげて捕手を追い散らす。
その後
・信田家から結納として千寿姫の小山家に贈られた”胡蝶の香合”を実父・幸兵衛(浜松屋の主人で、元は小山家の家来筋だった)に届けようとした弁天小僧だったが、捕手に囲まれて極楽寺の屋根に追い詰められる。弁天小僧は”胡蝶の香合”を屋根の下へと投げ、切腹。(極楽寺屋根立腹の場)
・極楽寺山門にいた駄右衛門は、手下の者から弁天小僧の最期を知る。捕まえにきた青砥左衛門藤綱の手下を蹴散らす。(極楽寺山門の場)
・青砥藤綱は山門の下を流れる川から”胡蝶の香合”を拾い上げる。信田家へ返すことを約束した青砥は、自首しようとする駄右衛門を捕らえず、再会を約束して別れる。(滑川土橋の場)
私のツボ
衣装色々
「浜松屋」の見あらわし、「稲瀬川勢揃い」がこの演目のピークと言って差し支えないでしょう。
というわけで、その二場面。
「浜松屋」では、菊文様の黒縮緬を脱いで浅葱と緋の段鹿子、緋縮緬の長襦袢で、桜の刺青をあらわにしたところ。
有名な「知らざぁ言って、聞かせやしょう」の長台詞の場面は、自然な動作ですが動きが細かく決まっています。
それでも演じる人によってテンポやリズムが異なり、同じ弁天小僧が一人としていないのが歌舞伎の面白いところです。
「稲瀬川勢揃い」は、絵本「どこじゃ?かぶきねこさがし1」(講談社刊)用に描いたもの。
それぞれの役柄とセリフを反映した柄と着こなしです。
なお、衣装の象徴的な図柄は、背中に入りますので正面からは少々分かりづらいです。
日本駄右衛門:白浪の裾模様に碇、綱、方位磁石。白波と方位磁石は義賊として放浪してきた駄右衛門の人生を象徴し、碇と綱は義賊の頭領としての立場を示します。
弁天小僧菊之助:菊の花と、琵琶と白蛇。琵琶白蛇は、江ノ島神社に祀られる弁財天と白蛇にちなんだもの。菊の花は名前から。
忠信利平:雲龍。重ねた悪事は雲にまで到達するというセリフにちなんだ図柄。龍は神出鬼没を象徴します。
赤星十三郎:尾長鶏と桜、星。夜明けを告げる鶏と、明けの明星で、赤星という姓にかける。桜は「今牛若と名も高く」という美貌を象徴する。
南郷力丸:稲妻の模様と雷獣の図柄。「浪にきらめく稲妻の」のセリフにちなむ。
手拭いをスカーフのように首に巻き、裾をたくし上げて太ももを見せる。
通し狂言で見ると、暗い場面と明るい場面が交互に来るような構成になっており、主人公は弁天小僧というより日本駄右衛門のように感じられます。
それぞれの人物像もよく分かりますし、舞台美術や仕掛けも派手なので、たまに通しで観たくなる演目です。
青砥藤綱
通し狂言の時にしか登場しませんが、最後に突如出てくる謎の人物です。
鎌倉時代の執権・北条時頼に仕えたとされる名奉行で、歴史上の人物なので扱いやすいこともあって文学や歌舞伎によく登場しました。
名奉行といえば、江戸時代の大岡越前ですが、さすがに時代が近すぎて戯曲などで扱うには難しかったようです。
川に落とした十文銭を五十文する松明を使って探し、拾い上げた十文と松明を買った五十文どちらも無駄にはならなかったという故事が大詰の場面に用いられています。
青砥藤綱を演じた五代目富十郎さんがインタビューで「お金ばかり出てくる物語の最後に、正しいお金の使い方を伝えるために青砥を出したのだと思います」と語っておられ、なるほどと納得しました。
また、日本駄右衛門を逃すのは一種の放生会であろうと解釈されていて、これまた納得しました。
駄右衛門は「盗みはすれど非道はせず」という義賊ですから、青砥も見逃したとも解釈できます。
青砥の登場で、物語も綺麗にまとまりますがやはり唐突感は否めません。
その唐突感は青砥をよく知らない現代人だから感じることであり、当時の人々にとっては現代人の水戸黄門の印籠のようなものかもしれません。
とはいえ水戸黄門の印籠も、もはや通じる世代は限られるでしょう。
ふんだんに江戸の風情が詰め込まれた演目らしいラストであるともいえます。
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