描かれている人物
KNPC21:民谷伊右衛門、
KNPC22:(左から)
民谷伊右衛門、佐藤与茂七、小平女房お花、直助権兵衛
絵の解説
KNPC21:伊右衛門浪宅の場
傘はりをする伊右衛門。
KNPC22:だんまり
民谷伊右衛門、佐藤与茂七、小平女房お花、直助権兵衛
揺れる柳と夜の闇
あらすじ
鶴屋南北 作
主な登場人物と簡単な説明
・お岩(おいわ)
もと塩冶家の家臣・四谷左門の娘。
伊右衛門と恋に落ち内縁関係になり、妊娠する。
しかし、伊右衛門が公金を横領していたことを知った父・左門に実家へ連れ戻される。
父を伊右衛門に殺されたことを知らず、伊右衛門と復縁、出産するが産後の肥立ちが悪く、床にふせっている。
・民谷伊右衛門(たみやいえもん)
もとは塩冶家に仕える武士だが、お家断絶の後、傘貼りをして糊口をしのいでいる。
冷淡な色悪(いろあく)の典型。
お岩と別れさせられた恨みから、お岩の父・左門を殺害。
これを皮切りに、次々と悪事に手を染める。
・直助権兵衛(なおすけごんべえ)
元塩冶家臣・奥田家の中間で、お家没落後は薬売りをしている。
お袖に惚れている。
・お袖(おそで)
お岩の義妹。
昼は浅草の見世で楊枝を売り、夜は私娼として働いている。
・佐藤与茂七(さとうよもしち)
お袖の許嫁。
塩谷の家臣で、お家断絶の後は浪人し、討ち入りのために隠遁生活をしている。
冶家断絶後に夫が行方不明となり、直助に言い寄られる。
昼間は浅草で楊枝を売り、夜は按摩宅悦の経営する地獄宿で私娼となっている。
・按摩宅悦(あんまたくえつ)
按摩のかたわら、女房のおいろと自宅で地獄宿(売春宿)を経営している。
悪人だが小心者。
・小仏小平(こぼとけこへい)
伊右衛門の家で内職の手伝いをする下男。
旧主の子で病気のため足が不自由な塩冶浪士・小汐田又之丞(おしおだまたのじょう)の病気を治すため、民谷家に伝わる秘薬を盗もうとして失敗、殺される。
・お梅(おうめ)
伊藤喜兵衛の孫娘。
伊右衛門の隣人で、伊右衛門に惚れるあまり恋煩いになる。
・伊藤喜兵衛(いとうきへえ)
高家の家臣で金持ち。孫娘のお梅を溺愛している。
他、お弓、お槙、奥田庄三郎などがいます。
あらすじ(フルバージョン)
浅草観音額堂の場
参拝客で賑わう浅草観音。
塩谷家の家臣だった四谷左門は、お家断絶後、物乞いをしていた。
娘のお岩は夜鷹、お袖は昼は楊枝売り、夜は私娼として働いている。
左門が縄張りを荒らされたと他の物乞いたちに絡まれているところを、民谷伊右衛門が助ける。
伊右衛門はお岩との復縁を請うが言下に断られ、左門に殺意を抱く。
薬売りの直助は、お袖に惚れているが、お袖には塩谷家断絶後に行方知れずとなっている許嫁・佐藤与茂七がいた。
宅悦地獄宿の場
お袖が働く地獄宿に、与茂七が客としてやってきて、偶然にも夫婦は再会する。
そこへ直助もお袖を買いに来て、与茂七に追い出される。
やがてお袖と与茂七は二人で家路に着く。
与茂七に殺意を抱いた直助は、提灯を目印に後をつける。
浅草暗道地蔵の場
地獄宿を出た与茂七は、仇討ちの仲間である元塩冶家臣・奥田庄三郎と密会。
敵の目を欺くため、お互いが着ている服を交換する。
浅草観音裏田圃の場
浅草の裏田圃で伊右衛門は左門を殺害、はからずも、すぐそばで直助が与茂七の服を着た奥田庄三郎を殺害する。
偶然、それぞれの殺害現場に居合わせた伊右衛門と直助は悪人同士、手を結ぶ。
そこへ夜鷹のお岩、お袖がやって来て、父と許嫁が殺害されているのを見つける。
奥田庄三郎は直助によって顔を剥がれていたが、衣服が与茂七のものだったので、お袖は与茂七が殺されたと思い込む。
たまたま通りかかったふりをした伊右衛門と直助は、二人に仇討ちを持ちかける。
仇討ちは身内でなければできないので、伊右衛門はお岩と復縁、直助はお袖と夫婦になる約束をする。
*ここまでカットされる場合もあります。
雑司ヶ谷四谷町伊右衛門浪宅の場
お岩と伊右衛門は雑司ヶ谷で暮らしているが、お岩の産後の肥立ちが悪く、床にふせっていた。
按摩の宅悦が手伝いに来ていた。
傘はりをして糊口をしのぐ伊右衛門は、貧乏な暮らしと、仇討ちを迫るお岩を疎ましく思い、邪険に扱う。
おりしも、民谷家の秘薬・ソウキセイを盗もうとした小仏小平という男が捕えられ、伊右衛門の家の押し入れに放り込まれてしまう。
伊藤喜兵衛内の場
隣家の伊藤家から、お岩のためにと薬と子供用の小袖を届けにくる。
伊右衛門は礼を言いに、宅悦を留守番に残して伊藤家へ向かう。
お岩が薬を飲むと、急に顔が熱くなり、苦しみ始めた。
喜兵衛は伊右衛門を手厚く接待し、金を積んで孫娘のお梅との縁談を勧める。
妻がいると一旦は断る伊右衛門。
お岩に届けた薬は離縁させるために顔が醜くなる毒薬であったと知らされ、高家へ推挙してくれることを条件に婿入りを承諾してしまう。
元の伊右衛門浪宅の場
お岩の顔は無惨に崩れ、そこへ帰ってきた伊右衛門はお岩の着物から赤子の着物、果ては蚊帳まで質草にするため持って行ってしまう。
仔細を宅悦から聞いたお岩は、顔が崩れ、髪は抜け、伊右衛門と伊藤家一家を呪う。
隣家へ挨拶に行こうとするお岩は、それを止めようとする宅悦と揉み合ううち、誤って柱に突き刺さった刀が喉に刺さって死んでしまう。
すると大きなネズミが来て、赤子をさらって行ってしまう。
内祝言を済ませて帰宅した伊右衛門は、小平を殺し、戸板の裏表にお岩と小平の死体を打ち付け、二人に不義密通の汚名を着せて仲間に川に流させる。
そこへ花嫁のお梅と、付き添いの喜兵衛がやって来る。
二人にお岩と小平の亡霊が取り憑き、惑わされた伊右衛門は二人の首を撃ち落としてしまう。
本所砂村隠亡堀の場
深川隠亡堀。
鰻かき権兵衛と名前を変えた直助がやって来て、川の中からお岩の髪の毛が引っかかった鼈甲の櫛を拾う。
お岩の亡霊に悩まされる伊右衛門は蛇山の庵室に隠れ住んでいたが、気晴らしに釣りにやって来て直助と久々に再会する。
直助が去った後、一枚の戸板が流れてくる。
伊右衛門が、ふと引き揚げてみると、お岩の骨が恨みごとを言い、驚いて裏返すと小平の死体が「薬くだせぇ!」と訴える。
伊右衛門が戸板を川に放り投げると、直助、小平女房お花、与茂七がやって来て暗闇のなか探り合うのだった。
深川三角屋敷の場
深川で仮の夫婦として暮らすお袖と直助。
姉の死を知ったお袖は、親と姉と許嫁の仇を討ってもらうため、直助と契りを結ぶ。
そこへ与茂七がやって来る。
昔と今の夫にはさまれたお袖は二人の手にかかって死ぬ。
直助は与茂七と思って殺した相手が、旧主の息子だったこと、そしてお袖の臍の緒書きからお袖が実の妹だったことを知り、自害する。
※カットされる場合があります。
滝野川蛍狩の場
母のお熊と共に蛇山庵室にこもる伊右衛門は、毎晩お岩の亡霊に悩まされていた。
夢の中で蛍狩りに行き、若い頃のお岩に似た美女の出会うが、たちまち面体が変わって顔面の崩れたお岩になる。
※カットされる場合があります。
本所蛇山庵室の場
亡霊に取り憑かれ、病気になった伊右衛門。見かねた母・お熊が講中に百万遍を唱えるよう頼む。
するとお岩の亡霊が現れ、お熊をとり殺す。
伊右衛門の仲間もお岩にとり殺される。
そこへ与茂七と小平女房お花が駆けつけて、伊右衛門を討ち、お岩の怨念は晴らされるのだった。
切口上で幕。
※演出がやや異なる場合があります。
蛍狩りの場面がつく場合、悪夢から覚めた伊右衛門が、恐怖のあまり発狂し、母のみならず百万遍を唱えるために集った人たちを皆殺しにしてしまう。
そこへ与茂七とお花がやって来て、伊右衛門を討つ。など。
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私のツボ
なぜここ?〜傘はりとだんまり
「なぜここを描いたの?」とはよく聞かれますが、一番よく聞かれるのがこの二枚のカード。
中でも傘はりをする伊右衛門は、ほぼ必ずと言っていいほど聞かれます。
傘はりはもう最初から描くことを決めていて、まだこの頃はなんとかお岩さんとの生活をやっていこうという意志があった伊右衛門。
かったるそうに傘はりをする姿が涼しげでよろしいのと、その様子が面白く、傘の細い骨組みが絵になるので好きな場面です。
とうてい傘はりのようなチマチマした内職が向いているとは思えませんが、妻と子供のため、それなりに努力をしようとしていたのがいじましくもあります。
かろうじて、伊右衛門浪宅に希望の光がまだあった頃。
次にだんまり。
伊右衛門と並んで、この物語の主役であるお岩さんですが、終始痛ましい姿なので絵にしにくい。
浅草田圃裏は上演されない場合もありますし、何よりお岩さんと分かりづらい。
有名な場面はたくさんあります。
血の薬をありがたがるお岩さん、蚊帳を奪う伊右衛門にすがるお岩さん、髪をすくお岩さんなどなど。
実際に舞台で観て、あまりにもかわいそうで、どうしてもお岩さんは描けませんでした。
亡霊ですから、気配だけで十分です。
隠亡堀で唐突に出てくる小平女房は、お岩をつとめる俳優さんが兼ねることもあるので、間接的にお岩さんということで、だんまりにしました。
好きな演目は、欲張り構図にするのですが、この演目だけはできませんでした。
珍しく余白を大きく取った構図です。
そこに救いがなければ陰惨な絵は描きたくなくて、仮に描いたとしても、空々しい絵になるだろうと思います。
多分、ニンが合わない。
どれだけ恐ろしく隠惨な内容でも、舞台は記憶としてしか残りません。
形にならない時間芸術だからこそ、このような悲惨な物語も虚構として楽しめるのだろうと思います。
カードを制作する前、もちろん妙行寺、於岩稲荷田宮神社、陽運寺に参拝しました。
MAD 喜兵衛さん
伊右衛門は冷酷でひどい男ですが、元々そこまで武士に向いておらず、武士の娘としてのプライドがアイデンティティになっていたお岩さんに追い詰められてしまったのかなとも思います。
伊右衛門は悪人ですが、心の弱い悪人で、狂人ではありません。
それに引き換え、お隣さんの伊藤喜兵衛はこれはもう狂人です。
金盤で小判をじゃぶじゃぶ洗い、祝膳とお椀に小判を入れて振る舞うなど、どう考えても頭がおかしいです。
孫娘可愛さに、毒薬をお岩さんに送りつけ、顔が崩れれば離縁するだろうと思って、とシレッと話してしまうのも怖いです。
恋煩いする孫娘を妻帯者だからと諦めるよう説得するでもなく、奪うという発想。
南北作品きっての狂人一家だと思います。
結果、一家全員殺されてしまいますが、伊藤家も十分ホラーたる一家です。
金と権力に取り憑かれた人間たち。
哀れといえば哀れです。
喜兵衛さんを絵にしたかったのですが、描いたところでなぁと思い直して描きませんでした。
ここがまた喜兵衛さんの哀しさかもしれません。
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