描かれている人物
赤枠左:雲助平作
同中央:呉服屋十兵衛
同右:平作娘お米
背景上:東海道の茶屋の様子。
左から地元の農家、休憩中の駕籠かき、昼食をとる旅の商人夫婦、富士詣の夫婦
背景下:(左から)池添孫八、お米、雲助平作、十兵衛
絵の解説
幕開の茶店前を通りすぎる旅人たちの様子。
荷物を持たせてくれと頼み込み、どうにか担ごうとする平作。
つまづいて足指を痛めた平作に軟膏を塗ろうと声をかける十兵衛。
摘んだ野菊を手にするお米。
平作と十兵衛が話しながら歩く道すがら出会ったところ。
千本松原。
股五郎の居所を明かす十兵衛と、瀕死の平作。
茂みの中で、お米と池添孫八が効いている。
あらすじ
「伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)」三幕目
主な登場人物と簡単な説明
・呉服屋十兵衛(ごふくやじゅうべえ)
鎌倉(江戸)で呉服屋を営む商人。
実は平作の実子で、二歳の時に養子に出された。
・雲助平作(くもすけへいさく)
東海道筋で雲助(荷物持ちや駕籠かきといった力仕事で小銭を稼ぐ仕事)をしている老人。
・池添孫八(いけぞえまごはち)
和田家の家来。
・お米(およね)
平作の娘。
かつて吉原の傾城瀬川で、志津馬と馴染み、身請けされて妻となった。
夫の仇討を成就させるため、貧しい暮らしに耐えて敵の行方をたずねている。
他、十兵衛の荷物持ち・安兵衛がいます。
あらすじ
これまでの経緯
<序幕 鎌倉和田行家屋敷の場>
上杉家の家臣・和田行家(わだゆきいえ)が沢井股五郎(さわいまたごろう)に殺される。
和田行家の一子志津馬が敵討ちの旅に出る。
<饅頭娘、奉書試合>
志津馬の姉・お谷は唐木政右衛門(からきまさえもん)の内縁の妻で和田家から勘当されている。
政右衛門は、身重でありながらもお谷が弟の助太刀ができるよう離縁し、お谷の妹・お後(おのち)を妻にする。
まだ七歳のお後を正式に妻にすることで、股五郎は舅の仇となり、政右衛門も正式に仇討ちに参加できる。
その苦衷の心中を察した政右衛門の主人・誉田大内記(ほんだだいないき)は仇討ちの許可を与える。
政右衛門は大内記に剣術の奥義を与えて仇討ちの旅に出る。
<遠眼鏡>
股五郎の後を追う志津馬は、股五郎の許嫁・お袖と知り合う。
股五郎になりすました志津馬は、お袖の父・山田幸兵衛の家に入りこむ。
それとは別に政右衛門も山田家へ来る。
幸兵衛はかつて政右衛門の柔術の師匠であった。
<岡崎>
昔の弟子の正太郎が、今は唐木政右衛門だと知らない幸兵衛。
そこへ、偶然お谷がまだ乳飲み児の我が子を抱いて幸兵衛の家を訪ねる。
素性が知れるのを恐れた政右衛門は、お谷を去らせ、我が子を殺してしまう。
幸兵衛は、政右衛門がうっすらと目に浮かべた涙を見て、その正体を悟る。
そして密かに正体を見抜いていた志津馬と会わせ、股五郎の行方を教える。
駿州沼津棒鼻の場
沼津の宿外れ棒鼻(ぼうはな)。
東海道を下る呉服屋十兵衛は、老人足の平作に声をかけられ荷物を運ばせる。
重い荷物によろけた平作は足指を怪我、十兵衛が持っていた薬を塗ると、みる間に快復した。
意気投合した二人は、平作の娘お米と出会う。
十兵衛は美しいお米に見惚れ、平作に誘われるまま家に向かう。
平作住家の場
家に泊まるようお米に勧められた十兵衛は快諾。
お米は十兵衛が寝ている隙に、先ほどの軟膏を盗もうとするが、十兵衛に捕らえられる。
聞けば、傷養生をしている夫・和田志津馬のため。
話の成り行きから、十兵衛は平作が実の父であると知る。
だが、和田家の敵である平井股五郎と縁故のある十兵衛は、敵対する立場。
立場の違いゆえ、名乗ることも、貧しい暮らしぶりの親を助けることもできず、金と薬と臍の緒書きを残して旅立つ。
平作は臍の緒書きから十兵衛がわが子だと知り、後を追う。
千本松原の場
千本松原で十兵衛に追いついた平作は、十兵衛の脇差を自らの腹につきたて、「死に行くものになら教えられるだろう」と股五郎の行き先を聞く。
十兵衛は隠れているお米に聞かせるように、股五郎の落ちつく先は九州相良と明かす。
そして瀕死の平作と十兵衛親子は初めて名乗り合い、逢初めで逢納めの涙にくれる。
そして十兵衛は死に行く平作をあとに旅立ってゆくのだった。
ーー幕ーー
その後、伊賀上野で政右衛門、志津馬らは股五郎を討ち取る。
私のツボ
のどかな幕開き
茶屋の女将、野菜を持ってきた近所の農家の女将さん、休憩中の駕籠かき、おにぎりを喉につまらせる大きなお腹を抱えた妻と優しい夫、雄大な景色を眺める夫婦は富士講でしょうか。
茶店の前で草鞋の紐が切れてしまう若い男もいますが、お腹の大きな奥さんがお腹を空かせて急いで頬張ったばかりに、おにぎりを喉に詰まらせる場面を描きたかったので、今回は描いていません。
主要人物たちが出てくる前の、いわば前菜の場面ですが、とてものどかです。
富士山と、その下を流れる狩野川。
幕開、まだ少し客席がざわついていますが、舞台の上ではすでに「沼津」の世界が広がっています。
幕が上がると、舞台の上では前からあったかのような別の世界が展開されている。
あちら側とこちら側、二つの時空を跨ぐような錯覚に一瞬落ちいるような幕開きの感覚がたまらなく好きです。
もちろん「沼津」だけではありませんが、舞台美術の開放感と奥行きが心地よく、通行人たちの描写も自然で、特に印象に残っています。
後半の悲劇と対比させたかったので、幕開と、千本松原の様子を並べました。
そして、物語の主要人物たちでその明暗を区切る構図にしました。
薄汚い平作と、清潔感にあふれた身綺麗な十兵衛。
それを中和するかのようなお米。
図らずも、父と兄妹の家族の肖像となりました。
重兵衛
原画では笠に入っている十兵衛の紋が、山印に十になっています。
一般的にはこの紋が入りますが、カードは山印に重に修正してあります。
初代吉右衛門丈は十兵衛を重兵衛としており、笠に入れる紋も山印に重の字になっていたことによります。
このカードは秀山祭での上演に際して描きました。
なるべく家を特定しないように衣装や小道具は気をつけていますが、これは監修で修正の指示を受けたので修正しました。
二代目吉右衛門さんの十兵衛は何度も観ていたので、播磨屋仕様にできて嬉しく思ったことを覚えています。
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