KNPC187 恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)〜封印切(ふういんぎり)

かぶきねこづくし

描かれている人物

枠左上:梅川
枠中央:忠兵衛
枠下左:(左から)おえん、治右衛門
枠下右:八右衛門

絵の解説

封が切れた瞬間の忠兵衛。
忠兵衛よ、何を思うか…

忠兵衛(原画)

八右衛門にいびられる忠兵衛を心苦しそうに見守る梅川

梅川(原画)

小判がバラバラ出てきて驚く八右衛門。
この時の素っ頓狂な表情と、蒼白な面持ちの忠兵衛とのコントラストが面白いです。

八右衛門(原画)

忠兵衛と八右衛門の口喧嘩を見つめるおえん、治右衛門。
八右衛門の悪態を良くは思っていませんが、客なのであからさまに制止することもできず、やや落ち着かない佇まい。

おえん、治右衛門(原画)

あらすじ

「恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとおうらい)」

主な登場人物と簡単な説明

・亀屋忠兵衛(かめやちゅうべえ)
大阪の飛脚屋・亀屋の養子。梅川と恋仲。

・梅川(うめかわ)
新町槌屋の抱え遊女。一途に忠兵衛を愛している。

・丹波屋八右衛門(たんばやはちえもん)
忠兵衛の遊び仲間。廓中の嫌われ者。
あだ名はゲジゲジの八つぁん、油虫の八つぁん、総スカンの八っつぁん等々。

・槌屋治右衛門(つちやじえもん)
梅川の抱え主

・おえん
井筒屋の女将。
梅川と忠兵衛を温かく見守り、恋が実るよう尽力する。

あらすじ

大坂新町の井筒屋の遊女・梅川は、恋人の忠兵衛が身請けの金を都合できずにいる間に、丹波屋八右衛門が身請けを言い出したのでふさぎ込んでいた。
梅川が寄越した文を見て気が気でない忠兵衛は、公金を預かったまま井筒屋にやって来る。
井筒屋の女将おえんの計らいで、忠兵衛と梅川と久々に再会する。

梅川の抱え主・槌屋治右衛門は忠兵衛との話を進めることを決めるが、身請けの代金を持ってきた八右衛門は立腹して忠兵衛を罵る。
怒った忠兵衛は、八右衛門と言い争ううち、ふとした弾みで忠兵衛は蔵屋敷から預かった為替の金の封印を切ってしまう。
公金に手をつければ斬首という掟。
忠兵衛はこの金で梅川を身請けし、梅川に真実を打ち明けた忠兵衛は「一緒に死んでくれ」と頼む。
二人の門出を祝う廓を後に、二人は忠兵衛の生まれ故郷大和国新口村へと落ちていくのだった。

私のツボ

空気が変わる瞬間

忠兵衛という人物の説明を読むと、ただの甲斐性なしの優男ですが、アンサンブルの妙とでも言いましょうか、忠兵衛の魅力とこの演目の面白さは舞台を見てこそ味わえると思います。
特に梅川と忠兵衛の犬も食わない痴話喧嘩、忠兵衛と八右衛門との口喧嘩はかけ合い漫才のようで、その流れるような上方弁の応酬が耳に心地よく、江戸歌舞伎とは違う、上方独自の空気があります。

喧嘩のセリフも「しょうもな〜」というものばかりで、そのしょうもない意地の張り合いが思いもよらぬ事態を招き悲劇につながる、というのは古今東西変わらぬ世の常であり、近松の慧眼恐るべしと言えるかもしれません。

前半は忠兵衛もつっころばしの味わいがあって、全体的に廓のじゃらじゃらした雰囲気が主ですが、公金の封が切れた後は一気に空気が変わります。
忠兵衛と梅川以外は真実を知らないので、お祝いムードの周囲と、絶望しかない二人の落差がこれまた皮肉で、この傷口に塩を塗るようないやらしい演出も上方らしいと私は思います。

その空気が入れ替わる瞬間、運命が決まる瞬間を描きました。
小判が溢れ、茫然自失の忠兵衛。

「封印切」は家によって型が異なり、はずみで封が切れてしまう成駒屋型、自分の意志で封を切る松嶋屋型があり、忠兵衛の演じ方も当然変わってきます。
ですが、どちらにせよ、一瞬、呆然とした表情を見せるので、その瞬間です。
この後、腹を括って小判を投げつけて見得。

なお、引っ込みも家によって異なり、舞台美術も少々異なります。

コメント