描かれている人物
右上赤丸
煙草屋源七実は坂田蔵人時行
左下赤枠
太田太郎
中央角枠三点
荻野屋八重桐
絵の解説
荻野屋八重桐
左上
恋人からの手紙を貼り合わせた紙衣(かみこ)を着ています。
舞台では紫と黒の地に金糸で文字が縫われた華やかな衣装ですが、
和紙を縫い合わせた着物という設定です。
中央
時行の魂が体内に入り覚醒した八重桐
右下
沢瀉姫をさらいに来た悪人たちを追い散らす八重桐の立ち回り
太田太郎と煙草屋源七実は坂田蔵人時行
あらすじ
「嫗山姥(こもちやまんば)」全五段の二段目
近松門左衛門作
通称 八重桐廓噺(やえぎりくるわばなし)
主な登場人物と簡単な説明
・荻野屋八重桐(はぎのややえぎり)
元傾城。坂田時行の恋人。
・煙草屋源七実は坂田蔵人時行(たばこやげんしち・さかたくらんどときゆき)
武士。父の仇討ちの長旅に出、煙草売りとして糊口をしのいでいる。
・太田太郎(おおたたろう)
沢潟姫に横恋慕する右大将高藤の家来。赤っつら。名は三郎や十郎など、その時々で変わります。
・白菊
時行の妹。沢潟姫の家で腰元として働いている。
・沢潟姫(おもだかひめ)
大納言岩倉兼冬の息女。源頼光の恋人。
あらすじ
敵方の陰謀に巻き込まれた源頼光の身を案じる沢瀉姫。
腰元たちは煙草売り源七を館に招き、口上を聴かせて姫を元気つけようとします。
源七は三味線を弾きながら、かつて恋人だった八重桐と作った小唄を披露します。
たまたま館の外を通りかかった八重桐はその小唄を耳にします。
怪訝に思った八重桐は、傾城の恋文の祐筆(ゆうひつ=書記、代筆屋)を名乗り館に入れてもらいます。
八重桐と源七は久々の再会に驚きます。
(*ここで源七が気まずくなって別室に退散する演出もあります)
姫が八重桐の身の上を尋ねると、源七へのあてこすりを長々と語ります。
やがて八重桐と源七は言い争いを始めます。
八重桐は仇討ちは初菊によって既に果たされたと告げると、源七は我が身の軽率さを恥じて切腹します。
今際の際に、死んで八重桐の胎内に宿って生まれ変わると告げます。
そして時行の傷口から焔が飛び出し八重桐の口に入ると、八重桐は気絶しました。
そこに太田十郎が若侍を引き連れて沢瀉姫をさらいにきます。
気絶していた八重桐がムックと起き上がり、姫を攫おうとする侍たちを次々となぎ倒します。
あまりの強さに、太田十郎たちは退散するのでした。
後日譚
超人となった八重桐は足柄山で金太郎を出産します。
私のツボ
”仕形咄(しかたばなし)”通称”しゃべり”
「おたずねのうても言いとうて言いとうて」から始まり、
喋りたおした後に
「あんまり喋って息が切れた。はばかりながらお茶をひとつくださんせ。」
このセリフの箇所、いつも笑ってしまいます。
デザイン会社を作る前、オーダーメイドの仕立の修行をしていたことがあり、そこで知り合った大阪のマダムたちがとにかくしゃべるしゃべる。
「ちょっと言わして」から始まって、八重桐と全く同じセリフを言ってお茶を飲むので、笑った覚えがあります。
淀みなく流れるような話法、あれはもう才能です。
やはり”しゃべり”は上方の伝統芸なのかもしれません。
時行
時行のような役柄はよく歌舞伎に出てきます。
家柄が良さそうで柔和な二枚目。
女性が放っておかないが甲斐性がない。
時行も傾城と深い仲になったほどの遊び人。
煙草売りの口上も、昔とった杵柄です。
しかし家柄など背負うものがあるため、
つっころばしやピントコナとして生きてはいけない。
武士という世間体と、遊び人という本性の間でふらふら定まらない男。
これも和事の立役の一つなのかもしれませんが、近松の人間観察眼には恐れ入ります。
近松のファンタジー
時行の魂が口から入って金太郎を身籠る、という物語が奇想天外で面食らいました。
近松というと心中物がまず思い出されますが、ファンタジー色の強い作品もとても質が高いです。
「傾城反魂香」もそうですし、「雪女五枚羽子板」も幻想的な作品と言えるでしょう。
1700年頃に近松が書いた「浦島年代記」は八重桐と同じように魂が宿って怪童が生まれるという物語です。
「嫗山姥」の初演が1712年なので、「浦島年代記」のアイデアを活かしたのかもしれません。
ちなみに「浦島年代記」は名前の通り浦島太郎伝説をもとに書かれたもので、その怪童の生誕秘話と並行して浦島太郎に似た話が展開します。
「酒の香聞けば前後を忘るる」という酒好きの亀が出てきたり、とても面白いのでお勧めです。
コメント