描かれている人物
上段:(左から)仁惣太、御台葵御前、太郎吉と小万の腕
中段:(左から)斎藤別当実盛、瀬尾十郎兼氏
下段:(左から)太郎吉、(左から)太郎吉(の後頭部)、百姓九郎助、小万、小よし
絵の解説
欲張り構図です。
何をしているところか説明します。
仁惣太:葵御前を匿っているだろうと小よしに探りを入れているところ。
葵御前:実盛の話を聞いているところ
太郎吉:湖畔で見つけた白絹を握った人間の片腕の指を開くところ。片腕は白絹の源氏の白旗を握っている。
実盛:葵御前が出産、錦に包まれた赤子を腕に抱いて思案する実盛。
男子か女子か、生か死か。運命の別れ道が腕(かいな)の中にある緊張感。
瀬尾:「腹に腕(かいな)があるからは、胸に思案がなくちゃ叶わぬ」
錦に包まれた腕を真ん中に、左に実盛、右に瀬尾、八の字で決まる場面。
太郎吉:綿繰り機の馬にまたがって「勝負!」と実盛相手に息巻く太郎吉
小万たち:一瞬であれ蘇生した小万と、喜ぶ両親
あらすじ
「源平布引滝」 (げんぺい ぬのびきのたき)三段目
主な登場人物と簡単な説明
・斎藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)
平家方の武士だが、もとは源氏方で、秘かに源氏再興を願っている。
・瀬尾十郎兼氏(せのおのじゅうろうかねうじ)
平家方の家臣。
実は小万の実父で、かつて下働きの女性に女の子を産ませ、守刀を持たせて捨てた過去がある。
・葵御前(あおいごぜん)
義賢の子を身籠っており、平家方から逃げて九郎助の家で男子駒王丸(こまおうまる)を産む。駒王丸は後の木曽義仲。
・九郎助(くろすけ)
琵琶湖のほとりに住む百姓の老爺。
琵琶湖のほとりで捨てられていた女の子を拾い、小万と名付け大事に育ててきた。
・小よし(こよし)
九郎助の女房。
・小万(こまん)
九郎助の娘。
・太郎吉(たろきち)
小万の息子。
・矢走仁惣太(やばせのにそうた)
九郎助の甥。強欲。
実盛がとった行動の一部始終を平家方に密告しようとするが、実盛の投げた小柄で命を落とす。
あらすじ
琵琶湖のほとり、百姓の九郎助は身重の葵御前を匿っている。
そこへ仁惣太の訴えによって、平家方の侍、斎藤別当実盛と瀬尾十郎兼氏が葵御前のお腹の子の詮議にやってくる。
平清盛から、葵御前が男子を産まば即刻殺せと命令が下っていた。
追い詰められた九郎助夫妻は、孫の太郎吉が湖で拾った女の片腕を、葵御前の赤子と偽って差し出す。
それを見た実盛は、湖で白旗を握った女の片腕を斬ったことを思い出し、怒る瀬尾を言いくるめて帰す。
帰ったふりをして瀬尾は藪の中に隠れる。
実盛は葵御前に対面し、女の片腕を斬った事情を物語り、源氏再興を誓う。
そこへ村の者たちが、小万の遺体を運んでくる。
実盛の提案で、先ほどの片腕をつなぎ合わせると、小万は一時的に蘇るが、まもなく息絶える。
九郎助は、小万を拾ったいきさつを語る。
葵御前が産気づき、男児を出産。駒王丸と名付けられる。
そこへ瀬尾が出てきて、太郎吉にわざと斬られる。
小万は実の娘で、太郎吉は孫だったのである。
瀬尾を斬って手柄を立てた太郎吉は、実盛から手塚太郎光盛(てづかのたろう みつもり)という名前をもらい、晴れて駒王丸の家来となる。
実盛は「成人したら母の敵である自分を討ち取るように」と言い残して馬に乗って去っていく。
私のツボ
もどり
捌き役と赤っつらの敵役がいるのは時代物の定番ですが、赤っつらが善人にもどる珍しい演目です。
往々にして赤っつらは憎まれ役を担当し、捌き役の引き立て役ですが、「実盛物語」では赤っつら・瀬尾の人間性がよく描かれています。
平家の武将である以前に、一人の親であり、若気の至りでできた娘を忘れることは無かった。
娘との悲しい再会ではありますが、九郎助夫妻に大切に育てられたことは見て取れます。
小万の亡骸を足蹴にするとき、一瞬ためらいます。
九郎助夫妻への恩、そして孫の未来のために自ら犠牲となります。
瀬尾の最期、平馬返り(膝をついた状態からの前方宙返りする荒技)をすることもあり、もはやこの演目の主人公ではないかと思うほどです。
斬られてのち、
「これ孫よ、爺ぢゃ、爺ぢゃ、爺ぢゃわやい」
と愛おしそうに太郎吉を抱き寄せる様は、つい目頭が熱くなります。
一方、実盛は太郎吉の鼻をかんでやったり馬に乗せてやったり、子供好きの人の良い武将といった風で、それも情味があってよろしいのですが、武将の厳しさ、人間性の深みという点では瀬尾が勝るかなと思います。
赤っつらが生締めの捌き役より素敵に見える、珍しい演目です。
主役は実盛ですが、瀬尾を中心とした構図にしました。
娘の小万、育ての親夫婦、孫。こちらはプライベートに関わる人間たち。
同僚の実盛、敵方の葵御前。武将という立場で関わる人々。
仁惣太はただの小悪党ですが、彼の訴人によって瀬尾は娘と孫と出会うことができ、もどりのきっかけを作った人物と思えば重要な役割です。
というわけで、結局欲張り構図で全員登場になりました。
最後、実盛が馬に乗って扇を掲げる姿は「ザ・実盛物語」ですが、大きく描いてこそ活きると思うので次の機会としました。
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