KNPC130元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら)より「御浜御殿綱豊卿(おはまごでんつなとよきょう)」

かぶきねこづくし

描かれている人物

(左から)富森助右衛門(とみもりすけえもん)、豊川綱豊卿(とよかわつなとよきょう)

絵の解説

原画

能の催しに出ている吉良上野介を刺そうと襲いかかった富森。
しかしそれは吉良に扮した綱豊でした。
取り押さえされた富森は綱豊に諌められるのでした。

夜桜と綱豊の能装束が美しい情景です。

あらすじ

元禄忠臣蔵(げんろくちゅうしんぐら)五段目「御浜御殿綱豊卿(おはまごでんつなとよきょう)
作者 真山青果(まやませいか)

主な登場人物と簡単な説明

・徳川綱豊(とくがわつなとよ)
将軍綱吉の甥。
次期将軍と目されているが現将軍綱吉の不興をかわぬよう
政治の中枢とはあえて距離をとり、酒好きで女好きの殿様を装っている。

大石内蔵助を信頼しており、本心では浪士たちに仇討ちをさせたいと思っている。
そこへ浅野家再興の話が持ち上がり、大石たちの本心を探ろうとしている。

・富森助右衛門(とみもりすけえもん)
赤穂浪士。

他、助右衛門の義理の妹お喜世、江島、新井勘解由(新井白石)などが登場しますが省略します。

あらすじ

浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)が江戸城で吉良上野介を斬りつけ、
切腹してから一年が経過。
大石内蔵介は橦木町で放蕩三昧の日々です。

綱豊卿の別邸御浜御殿で年中行事の園遊会当日。
赤穂浪士の富森助右衛門が御浜遊びの拝見を願い出ます。

それを知った綱豊は富森を呼び、
大石たちは仇討ちの意志があるのか問います。
口を割らない富森との問答の末、
綱豊は「明日将軍家に浅野家再興を願い出る」と告げます。

浅野家再興になれば、仇敵吉良を討つことはできません。
今までの苦労も大義も水の泡です。
窮地に追い込まれた富森は能装束を着た吉良に襲いかかります。

しかしそれは吉良ではなく綱豊でした。
富森の行動は綱豊に読まれていたのです。

綱豊は富森を組みふし、
吉良の首を切ることが重要なのではない、
そこに至るまでの至誠が肝要なのだと諌めるのでした。

私のツボ

「銭(ぜぜ)というものを持ってみたことがない」

演目の冒頭、*抜け参りの子供に対しての綱豊のセリフ。

酒好きで女好きで遊興好き。
銭勘定などとは縁のない浮世離れしたお殿様。

しかし、それはすべて将軍綱吉の目を欺くための仮の姿。
新井勘解由と侍心について語り、
「(吉良を)討たせたいのう」と本音が漏れます。
綱豊卿は体裁よりも大義や忠誠心を重んじます。

一條大蔵卿のぶっかえりのような派手さはありませんが、
このギャップが綱豊卿の魅力です。

真山青果作品はセリフが多く、歌舞伎要素は少ない演目ですが、
歌舞伎上演を念頭に書かれた戯曲なのだと観るたびに思います。
俳優の熱量によって言葉に命が吹き込まれるとでも申しましょうか。

最後、綱豊が富森を諭す場面。
文字にするとありがちな説教にすぎませんが、
これが舞台で観ると綱豊の苦悩や孤独まで伝わって胸が熱くなります。

何をどう書いても陳腐になってしまうので、
ぜひ舞台や映像で真山青果マジックを体験してほしいです。

*抜け参り:往来手形なく、伊勢神宮に詣でに行く人。
女子供も多く、黙認されていました。
柄杓が目印。

富森の涙

御座所で近くに寄れと言われても頑なに拒み、敷居を越えませんが、
綱豊に「明日、浅野家再興を願い出る」と言われると、
敷居を踏み越え、涙顔で綱豊を見つめます。

富森は非常に人間くさくて良いのです。
大石の真意がわからない。でも、大石について行くしかない。
一人で飛び出してしまいたいけれど、それを抑えるだけの理性もある。

鬱屈した思いを抱えながら、
とりあえず仇の顔を知っておこうと園遊会に乗り込みます。

「是非ともそちたちの思案のそこを極めたいと思ったのだ。(中略)
綱豊のために、行くべき道を示せと言うのだ。
助右衛門、まだ分からぬか、俺を見よ。俺の眼を見よ。
俺は、あっぱれわが国の義士として、そちたちを信じたいのだ」

そんなことを綱豊に言われたところで何も言えません。
不用意な発言をしたら藩の皆に迷惑をかけてしまう。
腹を割って話そうと綱豊に言われても無理な話です。
富森は感情が爆発して号泣してしまいます。

その後、焦って”一人で飛び出してしま”いますが、
これもまた人間くさくて、富森の若さと熱さが愛おしくなります。

九代目市川中車さんの富森がとても印象に残っています。

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