KNPC137 絵本太功記〜尼ケ崎閑居(えほんたいこうき〜あまがさきかんきょ)

かぶきねこづくし

描かれている人物

赤枠左上:真柴筑前守久吉
赤枠左下:武智十次郎光義
赤枠中央:武智十兵衛光秀
赤枠右:佐藤虎之助正清
下:(左から)光秀妻操、光秀母皐月、初菊

絵の解説

(左)手傷を負って戻った十次郎
(右)旅僧から本性を現わした真柴久吉

十次郎、久吉(原画)

〽夕顔棚のこなたより現れいでたる武智光秀 コーン(本釣鐘)
闇のなか、夕顔棚から現れる光秀。
額の傷は、光秀が小田春長に鉄扇で打たれて出来たものという設定。
”痩せ隈”の古怪な佇まい。
顔の見せ方は型が色々あるが(顎から見せる、額から見せる等)、最終的に笠を上に掲げる。

光秀(原画)

久吉の身替りに竹槍を胸に受けた母・皐月。
主君を討った天罰の報いをみよと、光秀を責める。
呆然とする操と初菊。

操、皐月、初菊(原画)

皐月は帽子付きの白髪の鬘。綸子(鼠色か淡い玉子色。俳優さんによります)の着付けに織物の裲襠。
操は鮮やかな青の綸子に織物の裲襠。
初菊は赤姫のあつらえ。

佐藤正清

正清(原画)

黒木綿蛇の目繍四天(くろもめんじゃのめぬいよてん)
清正が兜につけていたことで有名な“蛇の目(じゃのめ)”の紋。

あらすじ

「絵本太功記通称」全十三段〜「太十(たいじゅう)」(「太功記の十段目」の略)

主な登場人物と簡単な説明

・武智十兵衛光秀(たけちじゅうべえみつひで)
史実の明智光秀。尾田春長(史実の織田信長)の家来だったが、反乱を起こし、本能寺で春長を切腹に追い込む。

・皐月(さつき)
光秀の母。主君を討った光秀を許せず、尼ヶ崎で一人暮らしている。

・武智十次郎光義(たけちじゅうじろうみつよし)
光秀の子。

・初菊(はつぎく)
十次郎の許嫁。

・操(みさお)
光秀の妻。

・真柴筑前守久吉(ましばちくぜんのかみひさよし)
史実の羽柴秀吉

・佐藤虎之助正清(さとうとらのすけまさきよ)
史実の加藤清正。

あらすじ

これまでの経緯
武智光秀(明智光秀)は小田春永(織田信長)の屈辱的な仕打ちに耐えかねて、本能寺で春永を殺し、四国攻めから戻ってくる真柴久吉(羽柴秀吉)の軍に対峙する。

尼ケ崎閑居の場
武智光秀の母・皐月が引きこもる尼崎の庵室に、光秀の妻・操が、息子の十次郎とその許嫁の初菊を連れてやって来ます。
十次郎は初陣の暇乞いをし、祝言と出陣の盃を交わす。

旅僧に化けた久吉を追って、この閑居へあらわれた光秀は、久吉と思って誤って母・皐月を刺してしまう。
身を挺して息子の罪の深さを責める皐月。

そこへ手負いの十次郎が敗軍を知らせに戻る。
やがて、皐月と十次郎は息絶え、さすがの光秀も涙を流す。
進退極まった光秀の前に久吉とその部下佐藤正清があらわれ、戦場での再会を約束して別れる。

私のツボ

高温多湿の重い夜

人がたくさん死ぬのは丸本歌舞伎の時代物ならでは。
その悲劇の重さを味わうのが醍醐味だと思っていますが、「太十」は他の時代物に比べて抜きん出て重い。
その重さは、湿度の演出効果もあるのではと思っています。
光秀が夕顔棚から出てくる時、蛙が大勢ゲコゲコ鳴いています。
貝の殻を擦り合わせて蛙の鳴き声を出しているそうですが、本物の蛙のようです。
蛙が鳴いているということは、近くに水場があるのでしょう。
光秀の笠に蓑姿は、夕立か小雨が降ったのかもしれません。
鬱蒼と生い茂る竹藪と夕顔棚。
かなり湿度の高い環境と言えるでしょう。

関西の夏は暑く、吸い込む空気も熱い。
まとわりつくような重い湿気が光秀を苛立たせ、追い詰めたのではと思っています。
光秀は常にじっとりと汗ばんでいるように感じます。

「太十」は前半と後半に分けられ、前半は十次郎と初菊が中心で、悲劇の前の少しだけ華やいだ場面です。
十次郎は赤い着付けに紫の裃と衣装も華やかで、涼やかな美丈夫です。
室内で展開されますので、外の蒸し暑さや湿気も感じられません。

後半は光秀が中心の重い展開です。
この前半と後半の差が激しいのですが、後半のこの重苦しい空気が要だと思うので、こちらのみに絞って描きました。

佐藤正清は最後に出て来ますので、光秀の家族問題には直接関わりません。
ですが、勇み立った正清と正装の正吉は、憔悴した光秀とは対照的で、光秀の暗い結末を暗示していると感じます。

八方塞がりの光秀の孤立、がこのカードのテーマです。
湿気は人物の背景の色ムラに込めました。

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