KNPC142 双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)〜引窓(ひきまど)

かぶきねこづくし

描かれている人物

枠上段:(左から)濡髪長五郎、女房お早、南与兵衛後に南方十次兵衛
枠中段:(左から)女房お早、濡髪長五郎、母お幸
枠下段:(左から)濡髪長五郎、南与兵衛後に南方十次兵衛

絵の解説

何をしているところか?
枠上段:
(左)筵(むしろ)で身を隠しながら逃げてくる濡髪長五郎。ほっかむりは右頬の黒子を隠すため
(中央)庭の手水鉢に月明かりで二階にいる濡髪の顔が映っていることに気がつき、引窓を閉める女房お早
(右)濡髪を捕らえようと勇む南与兵衛

枠中段:
濡髪の前髪を落とす母、手伝うお早

枠下段:
濡髪の右頬のホクロは、与兵衛が路銀を投げた弾みで削られた。
濡髪を逃す与兵衛。
「南無三宝、夜が明けた。身どもの役目は夜の内ばかり、一夜明くれば放生会。生けるを放つ所の法、恩に着ずとも勝手にお行きゃれ」

原画

あらすじ

「双蝶々曲輪日記」(ふたつちょうちょうくるわにっき)全九段のうち八段目

主な登場人物と簡単な説明

・濡髪長五郎(ぬれがみちょうごろう)
大関を張る人気力士。5歳の時に養子に出される。
右頬に大きな黒子(ほくろ)がある。

・お早(おはや)
与兵衛の女房。元は新町の傾城。

・南与兵衛後に南方十次兵衛(なんよへえ のちに なんぽうじゅうじべえ)
亡父南方十字兵衛(なんぽうじゅうじべえ)の名と郷代官という職を継ぐ。
初仕事に、濡髪長五郎の逮捕を命じられる。
お幸は亡父の再婚相手で義理の母。

・お幸(おこう)
濡髪の実母。南与兵衛の義母。
その後郷代官の家に嫁ぎ、南与兵衛は再婚相手の息子。

あらすじ

これまでの経緯
人気力士の濡髪は、恩人の山崎屋の息子・与五郎が恋敵の侍に暴行されているところを助け、はずみで侍とその仲間を殺してしまう。
濡髪は実母の住む京都・山崎へと落ちのびる。

引窓(ひきまど)
十五夜の夜、京都の八幡の里、南与兵衛の家。
母のお幸と嫁のお早が月見の支度をしている。
与兵衛が留守のところへ、濡髪長五郎が人目を忍んでたずねてきた。

事情を知らず、再会を喜ぶ母とお早。
濡髪が二階で休んでいるところへ、与兵衛が帰ってくる。
お上から亡父の仕事と名前を継いだことを嬉しそうに報告する与兵衛。
初仕事は濡髪の逮捕であるという。

やがて、二階に濡髪が潜んでいると知った与兵衛は捕まえようとするが、お幸が濡髪の人相書を売ってくれと言ったことから、実の親子であること知る。

与兵衛は濡髪を逃そうとするが、濡髪は義理が立たないと母の縄にかかる。
与兵衛は引窓から差し込む月光を朝の光に見立て、朝になったので自分の責任ではないと言って縄を切り、濡髪を逃す。
濡髪は筵に身を隠し、花道を引き上げて幕。

私のツボ

欲張り構図

秋の風情が盛り込まれたしっとりした演目。
と思いきや、秋の夜長の人情話とはいかず、先が読めないハラハラした展開です。
善人だからこそ「そうはいかない」が次々出てきて、あー、もうどうするの!どうしたら良いの!と見ている方までじれったくなります。

引窓が開く・閉まる、濡髪が自首する・しない、与兵衛が捕まえる・捕まえない、黒子を剃る・剃らない。
与兵衛の任務は日暮れから夜明けまでなので、限られた短い時間の中でそれぞれが決断を迫られます。
それぞれの義理、それぞれの情。
細々とした逡巡と心の揺れが物語の要だと思います。

濡髪のカットが多いのは主人公だから当然として、母・お幸より与兵衛が多いのは、後述の「井筒屋」を観て濡髪との因縁を知ったため。

やや説明的な構図になりましたが、”秋の風情”でとどめておけず、欲張った絵になりました。
それぞれの交錯する思いを描きたかった次第です。

与兵衛の過去〜井筒屋

滅多に上演されませんが、「引窓」の前日譚として三段目の「井筒屋」があります。
与兵衛の人物像がいまいち掴めなかったのですが、「井筒屋」を観て色々と腑に落ちました。

井筒屋(与兵衛にしぼったあらすじ)
大阪の九軒にある井筒屋が舞台。
藤屋の遊女・都は南与兵衛と恋仲だが、望まぬ身請け話が進んでいる。
同じく、藤屋お抱えの遊女・吾妻も与五郎(濡髪の恩人の息子)と恋仲だが、平岡郷左衛門に身請けされる話が進んでいた。
どちらの身請け話も井筒屋の太鼓持ち・佐渡七が加担している。
ある日、与五郎と与兵衛が一緒に井筒屋へ向かうところ、佐渡七と仲間のゴロツキたちと争いになり、与兵衛ははずみで佐渡七を斬り殺してしまう。
都が機転をきかして、殺人の詮議を逃れた与兵衛。
二人は大阪を離れ、山崎で所帯を持つ。

与五郎と吾妻、それに絡む濡髪の顛末は続く「米屋」「難波裏殺し」で描かれます。
ーーー
と、意外なことに与兵衛は過去に殺人を犯していたことが分かりました。
となると、濡髪を逃したのも、「井筒屋」での自分が思い起こされたからかなと思います。
義母とはいえ自分を育ててくれた母お早を悲しませたくない、という気持ちもあるにせよ、やはり自分の過去と重ねてこその同情心であろうと納得しました。

お早が遊女だったこと、そこで与兵衛と知り合ったことは「引窓」で語られますが、そんな秘密を抱えた仲だったのかと感慨深いものがあります。
その過去を乗り越えて手に入れた平穏な日々、出世のチャンス。
そこへ現れた濡髪長五郎。
忘れたい過去が与兵衛の脳裏によぎったことは想像に難くありません。

それから、与兵衛が与五郎と接点があったことにも驚きです。
世間は狭いです。

「井筒屋」だけの単独上演はおそらく無いでしょうし、「双蝶々曲輪日記」の通しも滅多に上演されませんが、「引窓」がより深く味わえるので、また上演してほしいものです。

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