KNPC153 修禅寺物語(しゅぜんじものがたり)

かぶきねこづくし

描かれている人物

上:(左から)源頼家、夜叉王姉娘桂
枠:(左から)楓婿春彦、夜叉王妹娘楓、夜叉王
枠右端上:下田五郎景安(しもだごろうかげやす)
枠右端下:金窪兵衛行親(かなくぼひょうえゆきちか)

絵の解説

桂川のほとり、虎渓橋のたもと
「あたゝかき湯の湧くところ、温き人の情けも湧く。恋をうしないし頼家は、こゝに新しき恋を得て、心の痛みもようやく癒えた。」
心を通わす二人。
ようやく願いが叶うと胸が高まる桂が可愛いです。
この後、月が雲に隠れ、人の気配を察した虫たちが鳴きやむ。

源頼家、桂(原画)

人の良い楓の夫。
紙を砧でたたいて柔らかくする楓

春彦、楓(原画)

面を打つ夜叉王。納得がいかない。

夜叉王(原画)

北条方の意向により頼家を暗殺する機会を狙っている金窪兵衛(左)、
頼家の忠実な家臣の下田五郎(右)

金窪兵衛、下田五郎(原画)

あらすじ

一幕全三場 岡本綺堂 作

主な登場人物と簡単な説明

・夜叉王(やしゃおう)
面作りの名人。
修禅寺に滞在している将軍頼家の顔を写して面を打つよう依頼されているが、納得のいく面ができないため悩んでいる。

・桂(かつら)
夜叉王の長女。気性が激しく、気位が高く、独身。

・楓(かえで)
夜叉王の次女。おとなしく、真面目で働き者。既婚。

・春彦(はるひこ)
夜叉王の弟子で楓の夫。

・源頼家(みなもとのよりいえ)
執権北条氏の陰謀で、愛妾若狭局を失い、失意のうちに伊豆修禅寺に流され、蟄居している。

あらすじ

修禅寺村夜叉王住家の場
修禅寺に住む面作りの夜叉王は、源頼家に面を頼まれているが、面に死相が出てしまうので献上できないでいる。
半年以上経っても面ができないことに怒った頼家は夜叉王を斬ろうとする。
驚いた桂と楓は、父の試作の面を献上してしまう。
頼家は面に満足し、桂を見染め、連れ帰る。
失敗作を渡してしまったことが耐えられない夜叉王は、二度と槌を持たないと楓に告げる。

修禅寺村桂川辺虎渓橋の場
修禅寺に向かう道すがら、心を通わす頼家と桂。
頼家は桂に若狭の局の名前を与える。
そこへ金窪兵衛が警固を命じられたと言って現れるが、警戒する頼家。

闇討ちをしようとしていた金窪兵衛は、頼家の警戒心を見て、言葉を交わして別れる。

元の夜叉王住家の場
その晩、頼家は殺され、御座所は炎に包まれる。
桂は面をかぶって奮戦し、重傷を負って夜叉王の家へ戻って来た。

その姿を見て、夜叉王は、面が頼家と娘の死の運命を予言していたことを知る。
瀕死の娘を前に悲しみに暮れる夜叉王は、一人の芸術家として死にゆく娘の顔を紙に書き写すのだった。

私のツボ

新歌舞伎なので、七五調ではなく現代語のセリフですから、歌舞伎らしさにはやや欠けるかもしれません。
岡本綺堂が二代目左團次に書いたものなので、そこはやはり歌舞伎の舞台が一番しっくり来ました。
小説だと、芥川龍之介の「地獄変」のようで、やや白けてしまう部分もあります。

が、歌舞伎で見て、芸術家の表現欲ないしエゴではなく、夜叉王なりの弔いなのだと腑に落ちました。
娘の死を無駄にしたくない、愛あっての行為なのだろうと納得できた良い舞台でした。

何回か見ていますが、四代目猿之助さんの桂が素晴らしかったです。
勝ち気な性格ながらも可愛さがあり、最後は涙しました。
初めて桂に心を寄せることができた舞台でした。
演じる俳優さんによって味わいが変わるのが歌舞伎の面白さです。

青墨

月夜の桂川のほとり、揺れる秋草に虫の鳴き声。
秋の夜と、烏帽子。
この景色、この情景が一番描きたかった絵です。

絵の輪郭線は墨で描いていて、仮名用の墨を使っています。
墨は、和墨(日本製)と唐墨(中国製)があり、日本で広く使われているのは和墨です。
唐墨は青系の黒なので、青墨と呼ばれています。和墨は茶系、紫系の黒です。
他にも違いはたくさんありますが、大陸から伝来した墨が、高温多湿な日本の気候に合わせて進化したできたものです。
和墨の方が滲みにくく、濃い黒が出やすいので和墨を使っています。

暗い色、たとえば夜空を描くとき、墨で暗くしてから絵の具を重ねて塗ります。
唐墨は滲みやすいので、上から絵の具を載せると流れてしまうことがよくあります。
なので、単体でしか使えず、なかなか出番がありませんでした。

そんな青墨がついに満を持しての登場。
水彩画紙なので、和紙に描く水墨画と同じようにはいきませんが、滲みが綺麗に出ます。
和墨より粒子が細かいのか、サーっと伸びていきます。
淡墨が、青味がかって美しい。
和墨と違って唐墨はやや硬いのでしょうか、摺り心地もやや違います。

でも、日本は軟水で、大陸は硬水です。
硬水で摺らないと唐墨のポテンシャルを引き出せないのでは、と描き上がってから思い至りました。

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