描かれている人物と場面
佐藤四郎兵衛忠信実は源九郎狐(さとうしろうべえただのぶ じつは げんくろうきつね)
KNPC34
左上隅:鳥居前
右下隅:川連法眼館
KNPC35
上段右:吉野山
下段左、右:川連法眼館
*上段右は静御前の項で解説します
絵の解説
鳥居前で鎌倉方の追手に囲まれる静御前を助ける佐藤忠信。
褒美として義経から鎧と”源九郎義経”の姓名を授かる。
赤地に金の金の源氏車文様、裾に馬簾がついた四天(よてん:裾に両脇にスリットが入った衣装のこと)
白と紫の仁王襷(におうだすき)
源氏車文様は義経千本桜だけでなく、よく見る文様です。
宮中の御所車の大きな車輪がモチーフになっています。
源氏という名前の由来は源氏物語で、源平の源氏ではありません。
初音の鼓の音に、思わず狐の本性の片鱗が出てしまう狐忠信。
藤色の地に、秋草と流水の着付。
紫ぼかしに破れ片輪車の長袴。
鼓に頬擦りする狐忠信。
鼓の皮になってしまった両親と再会。
火焔宝珠文様(かえんほうじゅもんよう)。
宝珠は稲荷神社でよく見かけます。
祀られているお狐様が口に咥えている神社もあります。
あらすじ
「義経千本桜」全五段 竹田出雲・三好松洛・並木千柳(合作)
役の説明
佐藤四郎兵衛忠信実は源九郎狐(さとうしろうべえただのぶ じつは げんくろうきつね):
義経が後白河法皇から賜った初音の鼓に使われた狐の子。
鼓が内裏から出て義経の手に渡ったことを幸いに、家臣の佐藤忠信に化けて鼓に近づく。
本物の佐藤忠信は母親の病気見舞いのため郷里の出羽国に帰っている。
<鳥居前>で静御前を助けた功から義経の鎧と”源九郎義経”の名を賜り、静御前の護衛を命じられる。
あらすじ
初段
<序幕>
義経は後白河法皇より初音の鼓を賜ります。
左大臣・藤原朝方は鼓に事寄せて頼朝を討てと義経に命じます。
<北嵯峨庵室>
庵室に匿われていた平維盛の御台・若葉内侍(わかばのないし)と嫡子・六代君(ろくだいのきみ)は主馬小金吾(しゅめのこきんご)とともに維盛がいるという高野山を目指して旅立ちます。
<川越上使>
頼朝の使いとして川越太郎が義経が住む堀川御所に来ます。
謀反の嫌疑をかけられた義経を救うため、義経の正妻・卿の君は自害します。
<堀川御所>
塀外で、弁慶が鎌倉方の軍勢を討ち果たしてしまいます。
義経は都を捨て、頼朝への恭順を示そうとします。
*ほぼ上演されません。
二段目
<鳥居前>
伏見稲荷の鳥居前、落人となった義経一行を静御前が追って来ます。
義経は静御前に初音の鼓を形見として授け、梅の木に縛り付けて追ってこないようにします。
そこへ鎌倉方の軍勢が来、静御前を捕まえようとしますが、義経の家臣・佐藤忠信がこれを助けます。
義経は忠信に静御前を都へ連れ戻すよう命じ、別れを告げるのでした。
<渡海屋>
九州を目指す義経一行は、摂津の船問屋に逗留中。
船問屋の家主・銀平は、実は平知盛、妻のお柳は典侍の局、娘のお安は安徳帝でした。
<大物浦>
義経を討たんとする平知盛の策略を見破っていた義経は、大物浦で知盛を追い詰めます。
義経は安徳帝の保護を約束すると、典侍の局は自害。
それを見た知盛は、碇もろとも海へと身を投げるのでした。
三段目
<椎の木・小金吾討死>
平維盛の妻・若葉の内侍、嫡子の六代君、主馬小金吾が吉野の茶屋で休憩しています。
通りかかったいがみの権太が言いがかりをつけ金をたかろうとしますが、小金吾は黙ってやり過ごします。
その後、敵方の捕手に囲まれ、若葉内侍と六代君を逃すも小金吾は討死してしまいます。
<鮨屋>
吉野の里の鮨屋の弥左衛門は平維盛をかくまっていますが、敵方の知るところとなり、梶原景時から首を要求されています。
奇しくもその晩、若葉内侍と六代君が鮨屋を訪れ、維盛親子は再会を果たします。
権太の機転で難を逃れた維盛親子でしたが、勘違いから弥左衛門は権太を刀で刺してしまいます。
瀕死の権太の告白により真実を知った弥左衛門たちは悲嘆にくれながら権太を看取るのでした。
四段目
<道行初音旅>
義経が吉野へ落ち延びたと伝え聞いた静御前は、忠信を御供に連れて吉野へと急ぎます。
<川連法眼館>
吉野山の川連法眼館に、二人の忠信が現れ、源九郎狐の正体が露見します。
聞けば、初音の鼓の皮となった狐の子で、親狐を慕い、鼓に付き従ってきたとのこと。
義経は、狐の孝心とこれまでの働きを讃え、初音の鼓を与えます。
狐は、夜討ちを企む吉野山の悪僧たちを蹴散らし、鼓を抱いて古巣に帰っていくのでした。
*ここまでで終わる場合が多い
四の切(しのきり:四段目の切りの意味)と言う
<奥庭>
義経を狙う僧・横川覚範(よかわのかくはん)を追い詰める本物の佐藤忠信。
実は覚範は平氏の猛将・能登守教経(のとのかみのりつね)でした。
義経の計らいで安徳帝は母の建礼門院のもとへ行き出家することになります。
教経は義経との勝負を決する再会を約束し大団円。
絵面の見得で幕。
*五段目は歌舞伎では上演されません。
私のツボ
KNPC34の構図の解説
本来なら段あるいは場ごとに絵をまとめてカードにしますが、KNPC34は「義経千本桜」から人物と場面を抜き出す形でのデザインにしました。
続くKNPC35、36も同様に場面の抜粋です。
通し狂言で上演される機会は少ないですが、通しで全体を捉えるとロードムービーのような物語です。
義経は京都から伏見稲荷へ下り、そこから摂津に行き、九州へ行く予定を変更して吉野山へ。
摂津には銀平実は知盛が潜伏しており、吉野山の麓には維盛が匿われています。
義経、静御前、狐忠信(源九郎狐)ら源氏方。
知盛、維盛たち平家の残党と、彼らをかくまう市井の人々。
それぞれが、それぞれの目的のために仮の姿で生きていて、その本来の姿が露呈する瞬間が舞台では描かれています。
中心軸は義経ですが、主人公はむしろ知盛や権太や源九郎狐たちで、群像劇のようでもあります。
義経がさすらう道すがら、海の藻屑へ消える者、人知れず命を落とす者、出家する者。
さまざまなドラマはやがて桜満開の吉野山へと収斂されます。
義経による平家の鎮魂歌。
平家のみならず、源平の戦いで散ったあまたの命の鎮魂を義経が慰める道行だったようにも思えます。
というわけで、それぞれ別の物語に見えても根底では繋がっており、「義経千本桜」という演目の世界を全体で捉えたかったので、このような構図になりました。
源九郎狐
「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑」と並んで三大名作と呼ばれる「義経千本桜」ですが、他二作に比べて詩的要素に富んでいます。
古くから大和に伝わる源九郎狐という伝奇的な存在とともに物語が進むので、写実要素よりファンタジー色が強くなります。
「鳥居前」では勇ましい姿で、「吉野山」では凛々しい男雛のようないでたちです。
「川連法眼館」で若君が着るような優雅な色の長袴、狐の本性を表してからは毛縫い(けぬい:毛の縫いぐるみ)です。
後半になるにつれ、若返っていくような印象をいつも受けます。
毛縫いの源九郎狐は動きも可愛らしく、親を慕う姿は子狐のようにも思えますが、すでに妻子がいる中年の狐です。
千年生き、神通力を持つ狐ですから、年齢というものにとらわれないのでしょう。
そしてまた、親を慕う気持ちに年齢は関係ありません。
源九郎狐が化けた佐藤忠信も郷里の病身の母親を見舞うため休暇中をとっていたので、偶然とはいえどちらの佐藤忠信も孝行者なのが興味深いです。
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