描かれている人物
赤枠:(左から)およし、権四郎、槌松実は義仲一子駒若丸、お筆、畠山庄司重忠
下:樋口次郎兼光
絵の解説
敵の軍勢に囲まれた樋口の立ち回り。
物見の松に登る姿も捨て難いのですが、臨場感のある絵にしたかったのでこちらの立ち廻りを描きました。
樋口は船頭に身をやつしており、仕事柄、海の男なので蛸の足があしらわれた黒い襦袢と揃いの脚絆を着用しています。
漁師に扮した討手たち、舞台では肌色の襦袢を履いています。
お筆は「源太勘当」で源太の恋人で腰元の千鳥の姉です。共に鎌田隼人の娘。
あらすじ
「ひらかな盛衰記」三段目 「逆櫓(さかろ)」
主な登場人物と簡単な説明
・樋口次郎兼光(ひぐちのじろうかねみつ)
木曽義仲の四天王の一人。義仲が源義経に討たれた後、権四郎の入り婿となり、逆櫓という特殊な航行技術を習得します。すべては義仲の仇討ちのためです。狙い通り、梶原景時から義経の船の船頭に抜擢されます。
・権四郎(ごんしろう)
摂津国福島の船頭。
・およし(およし)
権四郎の娘、槌松の母。
・槌松(つちまつ)
およしと前夫の間に生まれた子供。大津の宿屋で同宿した山吹御前の一行を梶原方が襲った騒動に巻き込まれ、駒若丸の身替りになる形で殺されてしまう。
およしが連れ帰ったのは義仲の子・駒若丸。
・畠山庄司重忠(はたけやましょうじしげただ)
源氏方の有力武将。
・お筆(おふで)
義仲に腰元として仕え、義仲亡き後は山吹御前と駒若丸親子を護って共に逃げます。
大津の宿屋で梶原景時の討手に見つかり討たれた山吹御前の最期を見届けた後、その騒ぎで行方不明になった駒若丸を探索しています。
あらすじ
摂津(今の大阪府)の国福島の老船頭・権四郎は、娘のおよし、孫の槌松、入婿の松右衛門と暮らしています。
ひと月前、権四郎らは大津の宿で騒動に巻き込まれ、槌松は行方が分からなくってしまいます。同じ宿に泊まっていた背格好が似た男児を連れて帰ってきました。
ある日、お筆という女が訪ねて来、槌松の代わりに連れ帰った男児が実は大事な若君なので引き取りに来たと言います。
激昂する権四郎を松右衛門が「権四郎頭が高い」と一喝、この子は木曽義仲の嫡子駒若君、自分は義仲の家来樋口次郎兼光だと素性を明かします。
樋口は権四郎にこれまでの経緯と事情を説明し、入婿として迎え入れてくれたことに感謝し、忠義を立てさせてほしいと訴えます。
権四郎は樋口の誠心誠意に心動かされ、納得して若君をお筆に預けるのでした。
そこへ梶原の命を受けた下手人たちが船頭に扮して樋口を襲います。
苦もなく蹴散らす樋口の前に、義経の家臣・畠山重忠が権四郎を伴って現れます。
裏切られたと怒る樋口。
聞けば、権四郎は「槌松(実は駒若丸)は前の婿の子で樋口の子ではないから助けてほしい」と訴えたとのこと。
畠山は子供が駒若丸であると確信しながらも、見逃したのです。
樋口は若君の無事を知って権四郎に感謝し、自ら重忠に捕まるのでした。
私のツボ
「ヤッシッシーシシヤッシッシー、シーーーーッ」
沖に漕ぎ出した船の上で、三人の船頭に逆櫓の技術を教える樋口の掛け声。
子役を使って遠見にする場合と、そのまま大人が演じる場合があります。
逆櫓は船尾と共に船首にも櫓を立てて漕ぐ技術のこと。
船を前にも後ろにも自在に操れるようにするためです。
大人が演じるとよくわかります。
子役が演じる遠見は、どうしても舞台の空気が変わってしまいます。
可愛いので、息抜きタイムと思えばそれもまた一興なのですけれども。
樋口と知盛
碇を担いでの樋口の立ち廻りは、知盛を思い出させます。
他にも、
町人に身をやつし義経討伐の機を伺う武将、舞台は海の近く
といった類似点があります。
あくまで類似点に過ぎませんが、追い詰められた武将はどちらも悲愴感に溢れ、男たちの意地とプライドが、重低音で腹に響きます。
この時代物のドスンと重く響く感覚は、歌舞伎ならではで、良い舞台を見ると「あぁ、これよコレ」と思います。
いつか「大津の宿」「笹引き」も歌舞伎で観てみたいものです。
そこから続けて「逆櫓」になれば、お筆の唐突さも解消されるのではといつも思います。
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