KNPC65「一谷嫩軍記」より「熊谷陣屋(くまがいじんや)」

かぶきねこづくし

描かれている人物

右上赤枠:源義経
中央:熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)
左下赤枠:相模(さがみ)
右下赤枠:藤の方(ふじのかた)

絵の解説

制札の見得
藤の方と相模が小次郎の首に駆け寄ろうとするのを熊谷が制札でおさえて見得をします。
制札を逆に持つ團十郎型です。

義経は穢れを避けるため扇越しに首実検を行います。
藤の方が吹いているのは敦盛が遺した青葉の笛です。

原画

あらすじ

本外題 「一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」三段目

主な登場人物と簡単な説明

・熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)
当時武蔵国熊谷郷(現在の埼玉県熊谷市)出身の武将。
かつて北面の武士として御所の護衛についていた時、相模と深い仲になる。
不義密通で死罪になるところを、後白河院の寵姫であった藤の方の温情により助けられる。

・源義経(みなもとのよしつね)
源平の合戦で実際に源氏方を指揮。源氏の総大将は兄の頼朝。

・相模(さがみ)
熊谷直実の妻。元は藤の方に仕えてた。

・藤の方(ふじのかた)
平敦盛の母。

・梶原平次景高(かじわらへいじかげたか)
源氏方の有力な武将。

・弥陀六 実は 弥平兵衛宗清(みだろく じつは やひょうびょうえむねきよ)
もと平家の武将。
かつて常盤御前と三人の幼子(そのうちの一人がのちの義経)の命を救った。
平重盛の命により弥陀六と名乗って石屋に身をやつし、重盛の娘を匿っている。
眉間のほくろが特徴。

あらすじ

一谷の熊谷直実の陣屋。
陣屋の脇に植えてある満開の桜を百姓たちが愛でている。

その陣屋を息子を案じる相模が訪ねて来る。
そこへ「姿を隠してくだされ」と藤の方が駆け込んでくる。
相模と藤の方は16年ぶりの再会を喜び陣屋へと入る。
ーーここまで「熊谷桜の段」上演がカットされる場合もありますーー

熊谷が陣屋に戻る。
東国にいるはずの相模を見て叱りつけ、小次郎初陣の合戦で敦盛を討ったと話す。
涙にくれる藤の方が供養にと、敦盛の形見の笛を吹くと、障子に敦盛の影が現れる。
しかし、それは鎧の影だった。

義経が現れ、敦盛の首実検が行われる。
熊谷が首桶を開けると、それは敦盛ではなく小次郎の首。

半狂乱になって駆け寄る相模と、やはり驚いて駆け寄る藤の方。
二人を制札で制しながら首を差し出す熊谷。
義経は小次郎の首を見て「この首は敦盛の首に相違ない」と断言。

義経は「一枝を伐らば、一指を剪るべし」の制札に事寄せて、
皇統に連なる身分の敦盛の命を救えと熊谷に命じていた。

義経が敦盛を助けたと知った梶原景時は、
鎌倉の頼朝に注進しようするが、石屋の弥陀六に殺される。
眉間のほくろから、義経は弥陀六の正体を見抜き、藤の方と鎧櫃に隠した本物の敦盛を託す。

無常を感じた熊谷は出家の意志を明らかにし、義経に暇乞いの許しをもらう。
蓮生と名を改めた熊谷は悄然と立ち去るのでした。

私のツボ

團十郎型と芝翫型

「熊谷陣屋」は二つの型があります。
KNPC65、144は團十郎型、
KNPC127、128は芝翫型です。

大きな違いは
・制札の見得での札の向きと熊谷の衣装
・幕切
の2点です。
芝翫型はより原作の浄瑠璃に忠実な演出です。

他にも細かい違いがありますが、上記2点以外はそこまで厳密ではないようです。
團十郎型が主流ですが、松嶋屋は適度に芝翫型を盛り込んでいます。

緊張のピーク

まず外せないのは制札の見得。
三段に広がる濃い緑色の長袴が美しいです。

この見得のみの構図でも良いのですが、舞台写真を絵にしただけのようで物足りません。
このカードに限らず、他の演目でも気をつけていることは<何を描出したいのか>を決めてから構図を練ること。

「熊谷陣屋」の魅力といえば、苦みと重さと後味の悪さです。腹に溜まる重さです。
重層的に重なりあう、錯綜するそれぞれの苦悩が、その重さを奏でます。
絶望と希望。死と生。
武将としての立場と、一人の人間として親としての立場に引き裂かれる感情。
熊谷のみならず、藤の方も相模とて同様です。
義経は中管理職の苦悩。現場監督の辛さです。

というわけで、義経、藤の方、相模を配しました。

景時、弥陀六も捨てがたいですが、熊谷に焦点を当てたかったので次の機会にしました。

この制札の見得が熊谷の緊張のピークで、戦国武将・熊谷直実の大一番ではなかろうかと思います。
この後、首実検が続きますが、もはや事後処理のように感じられます。
緊張のピークを経て、彼の心は引き裂かれてしまった。
そして、「十六年は一昔」へと繋がるのだろうと私は思っています。

直実の背景の青空と、桜の花が一層悲しみを深めます。

舞台美術

熊谷の陣屋には桜の木が植えられており、件の制札が立てられています。
「一谷嫩軍記」の嫩は、二つの若葉ー敦盛と小次郎を示しています。
桜のように儚く散る命を象徴しているかのようです。

また熊谷の家紋は向かい合った鳩。
これが親子のようで皮肉です。

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